2004年 08月 30日 ( 3 )

足りないもの

神様は弱い者でも助けて下さる。
だからと言ってその愛を方便として利用してはいけない。
なぜ満たされないのか、何が足りないのか?
実験がうまくいかず不安なこと。
この年で学生をしていることの不安と情けなさ。

全ては出会いにより、選んできた道。それさえも御計画の中。
ひたすら信じて進めばよい。
それができぬはサタンの誘惑か?

どうかもっと強くひたむきな者にして下さい。
今第二の祈り。

第一はただただ家族と私を支えてくれる人たちのこと。それから言われなく苦しみを受けてる異国の人たちと生き物たちのこと。
強い者になって少しでも助け手として役立てる者になれますように。
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by fussyvet | 2004-08-30 23:33 | 神様を愛してる

まっすぐではない道

臨床検査技師の卵君に卒業したらどうするのか尋ねてみた。
「保健所か病院に…。」
かって保健所に勤務したことがある私は即行で前者を否定した。

その続き。
「実は医学部へ入り直そうかと…。」
彼はかって医学部を目指していたことは知っていた。そして、やはりその夢を諦めきれないのかと思った。
「どうして医者になりたいの?」
「やっぱり人を助けて感謝されるっていう仕事はいいじゃないですか?」
久しぶりに純粋な若者の言葉に感動させられた。

聞けば、彼の指導教官も医学部以外で修士まで取って一流企業に就職し、そこで「いい製品を造りたい。」のにそうでない会社に疑問を感じ…話が長くなるので、要は再び医学部に入り直して医者になった”くち”だという。
私ももはや「まっすぐな道」からは外れた者である。気付かなかったが、こんな近くにも「まっすぐな道」から外れて人生をやり直していた人がいたなんて…。そして、この目の前の若者も悩みながらも自分の人生を生きるために「まっすぐでない道」に入ろうかとしている。
とても勇気づけられる。抱えている思いはそれぞれに違うが「まっすぐでない道」を歩く者。大変だろうと思う。私自身、いつもいっぱいいっぱいで歩いてきた。それでもまだ生きている。
この先のことなんて誰が分かるか?思ったようにやればいい。私も思ったように、しかしひねくれず、一歩前を見据えて歩いていきたい。
ボチボチっと頑張っていこう。
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by fussyvet | 2004-08-30 16:40 | 徒然

エキブロ病院からの企画物-トラバです

エキブロ病院TB企画第3弾:お酒

その昔はお酒の場の雰囲気が好きで、飲み会で飲むだけだった。「一人で飲むなんて寂しいこと絶対するもんか!」と家では絶対に飲まなかった。因みにお酒は人一倍強かった。それは隔世遺伝かも。父母両方の祖父が酒飲みであったために、その姿を見て育った子供である父母は酒は飲まない。で、遺伝子は孫の私に来たのだろうか?
一人で飲むようになったのは、社会人になってから。最初は「寝酒」。対しておいしいとも思わないウィスキーを何となく格好だけで飲みながら寝た。
ある時、付き合っていた相手が、昼間の外食でもビールを飲む人だった。彼は私の酒の飲みっぷりも好きだった。彼だけでなく、同僚達、特におじさまたちは私を重宝してくれた。そうやって、私は酒に強いことを自慢する人間になっていったように思う。

異常飲酒が始まったのは、何年か前。日曜の昼、一人でいる時も急に飲みたくなって、ジンやラムなどの強いお酒を氷で割って飲んだ。ビンは1日2日で空になる。次第に記憶もしょっちゅう飛ぶようになり、普段の記憶力も悪くなった。そして、細かい作業の時手が震えるようにもなった。何か嫌なことがあるとすぐに「酒を飲みたい。」と思うようになった。こうやってアル中を自覚した。
アル中はうつ病と大きな関係がある。私は心療内科に全てを話して、薬を飲んだ。次第に世界が明るくなっていった。お酒も飲みたくなくなった。酒に手を出さなければそのまま治るもののはずである。

今、私は缶ビール1,2本だが、1日おきくらいに飲む。増えなければいいと願いながら。でも、一度アル中になったものは断酒しかないという説が専らである。自分自身でも思う。飲みたくない。飲まずに過ごせたらこんな幸せなことはない。お酒はおいしいものである。でも、子供の頃はおいしいと思わなかった。「身体が浸かって」しまったから、おいしいと思うのではないか?真においしいお酒とは、若い頃のように、気のおけぬ友人達と夢を語りながら飲む酒だと思っている。私の今のお酒は決しておいしいお酒ではないと思っている。止めたい。
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by fussyvet | 2004-08-30 09:58 | 徒然