責任能力が減退している者が人を殺すか?

短大生刺殺:
パンダ帽男の判決11月26日 東京地裁結審
 東京・浅草で01年4月、レッサーパンダの帽子をかぶった男が女子短大生(当時19歳)を刺殺した事件で、殺人罪などに問われた山口誠被告(32)の公判が30日、東京地裁(服部悟裁判長)であり、弁護側が最終弁論で「事件当時、責任能力が減退しており、殺意もなかった」と主張して結審した。判決は11月26日。検察側は無期懲役を求刑している。【森本英彦】

毎日新聞 2004年8月30日 13時15分


自分自身、どんなに打ちひしがれて瀕死の重傷であった時も、アルコール依存症だった時も、「人様に迷惑を掛けないよう、仕事に穴を開けないよう…。」それだけを考えていた。
それなのに、この記事みたいに「事件当時、責任能力が減退しており、殺意もなかった。」などという状況はどうかと思う。多分、お決まりの精神鑑定がされたと思うけれども、こんな判例ばかり繰り返されていたら、精神に疾患を持ったものや障害者は「だから、仕方がない。」と同情という蔑みがますます進み、いつまでたっても市民権を得られないし、精神疾患に対する認識も広がらないじゃないか。「○人に一人がうつ病」と言われ、国の象徴さえ適応障害にしてしまうような国で、いつまででもこんな判例を出し続けていたら、「一億数千万人総無責任」時代になるぞ。
精神疾患であろうが、子供であろうが、犯した罪の責任は取らせないと、逆に差別はなくならないし、その本人もいつまで経っても社会復帰できない。返って不平等だ。
「39」という映画があったが、難しいと思う人もいるかも知れないけれど、私は見事な作品だと思う。みんなに一度見て欲しい。
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by fussyvet | 2004-08-31 06:23 | こうして社会は回ってる
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