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「海と毒薬」

「海と毒薬」
出演: 奥田 瑛二、渡辺 謙
監督: 熊井 啓
原作:遠藤 周作

 この作品を見るに際は、「人体実験は許されない行為である。」という現代の社会通念上の倫理観を頭の中から全く排除して見なければならない。
 全編にわたって白黒映像だが、決して古い作品ではなく、そのモノトーンが戦時中であることを演出し、また劇中の生々しい手術場面をマイルドにしている。注意しなくてはいけないのは、その白黒画像のために、これは現代とは全く違う時代に起こった、現代では絶対に起こりえない事件であると惑わされることだ。同じことは条件がそろえば現代日本でも起こりうるし、世界中には今でも同じことが起こっている可能性がある国がある。
 生体実験に供されたのはB29に搭乗していたアメリカ兵であり、何度も空爆に参加したために銃殺刑に処される運命にあった捕虜である。生体実験に用いられなくても銃殺で死ぬ運命であるならば、生体実験に用いた方が医学の進歩に役立つし、麻酔下であるために苦痛を感じずに死ぬことができる。それにどうせ戦争中という時代では誰しも戦争で死んでしまう。それならばどうせ処刑されるものを生体実験に使って何が悪い。…若き日の渡辺謙の言葉にどれだけの人が反論できるだろう。「誰でも俺たちの立場になれば同じことをする。人間の良心なんてそんなもんだ。」
 主人公は悩む。人を生かすための医学であるはずなのに、自分は人を殺してしまう。そんなんこと許されるのか?(同じ悩みは学生時代に獣医師を目指していた私も抱えた。)

 結局、主人公も生体実験に参加することになってしまうのだが…。ここで「主人公は弱い。自分なら絶対に拒む!」という者がいたのなら、私はその人を信用できない。むしろ「同じ立場であれば、自分もどうするかわからない。」と思っている人でないと。なぜなら、この映画でなくても、これまで、そして今でも世界中で起こっている虐殺行為はどちらかというと普通の真面目な人間が直接加担してしまうことが多いからだ(隣人が隣人を虐殺したルワンダの例は記憶に新しい)。「自分だけはそんなことしない。」ではなく、「自分もいざとなったらわからない。」と自戒しておかなければ「人間なんていざとなったらわからない。」
 日頃から特定の行為について”悪”であるという決定を下している人には特に見て欲しい作品。人間の良心ほど社会状況や個人の境遇に左右される流動的で脆いものはない。誰でも起こしうることだし、且つ必ずしも好き好んで起こしてしまうものでもない。
by fussyvet | 2008-03-07 23:13 | 映画
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