人気ブログランキング | 話題のタグを見る

盲導犬の生産を急ぎすぎてはいないか?

 本当にヒヤッとすることがあった。信号のある交差点を横断していた時のこと、向かいから歩いてくる人が横断歩道の途中で目をまん丸くして立ち止まったまま、ある方向を凝視している。不審に思いつつ、私もつられてそちらの方向を見た。そして、私の目もまん丸になって言葉にならない声を発してしまった。そこには一人の視覚障害者と思しき人が盲導犬を連れていたのだが、その一人と一匹はスクランブル交差点でもない普通のその交差点を斜めに渡っていたのだ。当然、青信号である方向の車は普通に走ってくる。一台が危うく轢きそうになりながら避けて通り過ぎていった。明らかにその盲導犬は信号により示された、渡るべき方向を認識していない。周囲が気付いたため、その場は難を逃れた。しかし、あのままではいつか事故につながる。私は盲導犬の訓練や指導に携わったことがないが、盲導犬が老齢になると判断力が鈍り、盲導犬としての役割を果たせなくなるため、引退する年齢が決まっているはずだ。あの盲導犬は老齢なのであろうか、あるいは盲導犬の供給を急ぐあまり、「見切り発車」されてしまった個体なのであろうか?
 犬は色盲であると言われる。視覚障害者用の音声が流れる信号なら良いが、そうでない交差点では犬は信号を目で認識しなければならない。それはどのように訓練されているのだろうか?
 生産を急ぐあまり「見切り発車」されるのは、盲導犬に頼る視覚障害者にとっても盲導犬にとっても不幸である。前者は事故に遭うかも知れないし、後者は「役立たず」の烙印を押されてしまう。どうか、そんな二重の不幸がないように、犬の訓練は十二分に行い、適正や仕える人との相性を見極めてやって欲しい。そのためには、この業界にありがちな封建的な徒弟制度による盲導犬訓練資格者の養成を行っているならそれを止めて、きちんと合理的な方法でトレーナーを養成して欲しい。生き物が関わる世界に焦りは禁物である。
by fussyvet | 2004-10-17 14:19 | 動物
<< 白衣を外へ着てくる勘違いヤロー ペット産業の一面 >>