IWC脱退やらイギリスの生体販売禁止やら

前回の記事から、はや4年も経過していたのですね。この間、FacebookやTwitter、そして新たな趣味のカメラ用のInstagramがメインで、このブログは放置していました。

この4年間、息子の中学受験があったり、塾に通いだした直後に発達凸凹が明らかになったり、中学受験が終わった途端に実母がアルツハイマー病と診断されたり、牧師さんが急逝されたりと、次から次へといろんなことがあって精神的にもまいっていましたが、よく見渡せば、息子の喘息発作が起きなくなってきたことを初め、良いこともあるのですよね。前回の記事を読んで気付きました。

Twitterじゃ書ききれないこともあるし、Facebookにも疲れてきてもいるので、またこちらにぼちぼち書いていこうかと思います。まずはメンテナンスから。

# by fussyvet | 2018-12-28 07:52 | 徒然 | Comments(0)

しんどくても休めない家庭という現場

ここ1週間ほど体調がよくない。だるくて、何をする気も起きない。

息子の喘息が一向に良くならない。発作が起きていないだけましなのだろうけれど、気道過敏症は収まらず、中学生、いや、大人になるまでに治してやろうと頑張ってきたのだけれど、それが叶わぬかもしれぬと思うと絶望的な気持ちになる。
企業や研究機関に再就職するなど、既に諦めた。毎日掃除が欠かせない。収入は低くても、家にいてできる今の仕事しか、慢性疾患を持つ母親ができる仕事はない。

全てを諦めるような気分になると、おのずから何もやる気が起こらなくなる。辛うじて私を「生かして」くれるのは、それでも仕事だけ。その他に達成感・充足感が得られるものはもはやなく、屍のような状態で生きている意味があるのかどうか。最近読み始めた太宰治がとても心に響く。少しまずい。

昨日一昨日の週末は、掃除以外全て家のことを放棄した。独身の頃がとても懐かしい。息子の前では努めて元気でいようと思うものの、母親の異変は敏感に感じ取られているのではないかと心配にもなる。

もう何もいらない。息子の健康と幸せだけ与えてください、神様…いるのなら。

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# by fussyvet | 2014-06-23 10:57 | 家族 | Trackback(1)

中の人と外の人

獣医師になりたかったけれど、動物実験が嫌で文系の学部に進んで就職したが、将来の目的が持てず、やはり動物と関わる仕事がしたくて、畜産関係の仕事を手伝っている方からメールをいただきました。動物実験が嫌という青臭い考えから夢を捨てたことを後悔している、外からあれこれ言ってもただの変な人で、中から強い意思で変えていかないといけない、自分には動物に関する知識がない…とここまでで文字化けして後は読めませんでした。

読める範囲を読んで私の思ったことだけを書きます。

「大学には入ったものの…」「大学は出たものの…」将来の目的が持てない状態は、誰しも経験することだと思います。動物実験を承知で「やらずに後悔するよりは、やってから後悔する方がいい」と獣医師になった私には、この将来の目的が持てない状態は就職後に訪れました。中にいても、経験の浅い下っ端が何か言ったところで、「変な人」であることには変わりありません。中にいる者の場合、外の人と違い、その仕事で生活が支えられています。何かあれば、生活そのものが危うくなります。その現実を考えると、強い意思さえあれば、中にいる人は現実を変えられるということは、相当困難なことです。以前、獣医師なんだから、動物のためにできることはいろいろあるだろうとか、ホリスティックな獣医さんになってほしいとか、動物愛護活動家の方から言われたことがありますが、それはその方々自身の理想を私に求められているのであって、獣医師だからと言ってできることではありませんでしたし、私が求めるものでもありませんでした。

中の人と外の人が一点において違うことは、内情をよく知っているか否かだろうと思います。しかし、内情を知るが故にできないこともあり、結局どんなメリットがあるかと言えば、外の人が思うほど、内部で改革を進めていくことはできません。それは会社員など、何らかの組織に属したことのある人なら、誰しも頷くことだろうと思います。

現在、私は外の人です。ただし、知識を持った外の人です。今は動物に直接接触する仕事はしていません。別の仕事ですが、とても幸せです。これまでの経験(動物に関することでなくても)も活かされています。元「中の人」として、こんなところから情報発信をしています。今現在、中にいるわけではないので、情報発信の頻度も減ってきています。そのうち、ネットを全て止めてしまおうと思っています。それでも、今の仕事と子育てに一所懸命なので、不満はありません。

中の人と外の人、獣医師と獣医師でない人、それぞれ状況は違いますが、それぞれの状況に合せた、自分が納得できる道を見つけていくしかないのじゃないかと思います。動物に関する問題ではなく、人生の問題だろうと思います。中にいるからこそできないこともあれば、外にいるからこそできることもある。結局は、個人が納得できる人生を探求していく事柄なんだろうと思います。

稀ではありますが、高校生から「僕はどうしたらいいのでしょう」というメールをもらうことがあります。身近にいて獣医になりたいけれど…という人に対してはアドバイスできますが、会ったこともない人からの漠然とした質問のみでは、その人自身の成績、志望動機、経緯、さらには住んでいる地域がわからなければ、アドバイスはできません。人生は千差万別です。結局は、自分で考えて、納得できる道を歩むしかないのだろうと思います。

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# by fussyvet | 2014-01-13 11:17 | 動物

動物に感情を証明しろということは、人間のそれを証明しろというのと同じくらい馬鹿げたことである

昨夜、NHKスペシャル選として大海原の決闘!クジラ対シャチが再放送されていた。クジラの試練をただ自然の残酷さ・厳しさと捉えるのではなく、敵側からも捉えた客観的な表し方をしており、壮大なドラマを見た思いだった。素晴らしい。

その中で、親を失い、今まさにシャチの群れの餌食にならんとしていたコククジラの仔を、種類の違うザトウクジラの群れが、少し離れたところから感知し、現場へ向かい、猛然とシャチの群れに突進してその仔を助ける場面があった。その場面を、長年の研究歴の中でも初めて見たという研究者は、「ザトウクジラが思いやりを持っているとしか思えなかった」と表現した。

この表現に、「思いやりとはなんだ。証明してみろ」とかみつく輩は必ずいるだろう。実際に私も「思いやり」という言葉はどうかなと思った。そのザトウクジラの群れには、自分の群れの仔をシャチの群れに襲われて失った苦い経験から、思いやりよりももっと原始的な「怒り」の感情から、以前に見たことのある景色に反応してシャチを追い払い、結果的にコククジラの仔を助けたのかもしれない。こちらの方がしっくりくる。ザトウクジラが人間の言葉を話せれば、あとでインタビューしてその時の心境を確認することもできるだろうが、それはできない。

ところで、同じようなことを人間がした場合、あとでインタビューをしてその時の心境を確認することができる。その結果、第三者は「思いやり」と表現することもあろう。でも、いくら本人がその時の心境を言葉で表したとしても、それが本当なのか第三者が証明するすべは全くない。それでも第三者は「思いやり」と表現し、人間には「思いやり」の感情があると知られてきている。「思いやり」とは何か、定義も証明もできないままに。

結局のところ、動物も人間も、その行為が「思いやり」だと第三者に捉えられれば、「思いやり」を持っていると映る、ただそれだけであって、それを動物について証明しろということは、人間について証明しろと求める、又は人間にはあることが分かっていると断定するのと同様に無意味でバカバカしい命題なんではないか。昨夜、クジラ類の姿を画面で見ながら、そんな風に思った。

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# by fussyvet | 2013-06-24 09:24 | 動物

虐待、そして体罰が連鎖する一因子

私は息子を叩いたことがある。とても反省しているし、その都度息子に「ママが悪かったよ。ごめんね」と言って抱きしめてきたが、思い出せば後悔のあまり心が痛み、切り裂かれそうな思いになる。個々の体験を詳しく思い出すことはできないが、とにかく自制が効かないほどイライラしていたことだけは覚えている。

虐待の連鎖という言葉がある。私自身、物心がついたころからキレる父親にビクビクしながら生きてきた。キレるのは年に一、二回のことだったが、一度キレると次回はまたいつキレるのかと恐ろしくて、その恐怖心を忘れた頃にまたキレての繰り返しで、恐怖に支配されない一年がないまま、大学生になって遠く一人暮らしを始めるまで過ごしたように思う。

自分の体験から、親からされて嫌だったことは息子にすまいと誓っていたはずである。その私が、その誓いを忘れて息子に手を上げる直前、心の中で思ったことがある。「恐怖で子供を支配してはいけない、それは分かっているはずじゃないか。いや、それなら、その下で育った私は何者なんだ。人間じゃないのか。自分が育った環境を否定することは今の自分を否定することなんじゃないか。だったら、少しくらい手を上げても構わない、いや寧ろ必要なこともあるんじゃないか。」

こうして虐待は連鎖された。もう二度としない。自分の中の連鎖を止めるための予防をしている。自制が効かなくなりそうだと思えば、主治医から処方された薬で心を落ち着かせている。

ふと最近の体罰問題が思い浮かんだ。体罰を肯定する人は、それによって育てられたと信じている、今の自分の在り様を否定されるのが怖いんじゃないだろうか。自分が崩れてしまうからだ。

一度は自分を崩してみることも必要なときがあるだろうと思う。砕かれた破片の中から光るものだけを集め、自分を再構築する。それも大人になる一過程なんだろうと思う。

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# by fussyvet | 2013-02-07 11:04 | 家族

動物を飼ってはいけない人に売るな

猫の飼育が禁じられている集合住宅で、仔犬を飼い(買い)始めた人がいて問題になった。うちの自治会内での話である。当事者は近所迷惑にルーズな人で、以前から騒音、その他のマナー違反をしている。ルールを守るということに全く無頓着で鈍感なんだろう。当事者に不快感を感じるが、動物販売者にはますます嫌悪感を感じるようになった。売りゃいいってもんじゃないだろう。買い手が集合住宅かどうかくらいは尋ねろよ。法律にないからやらないっていうなら、法律で締めるしかないな。

で、問題になった当事者がどう対処するかを回答した。別の飼い主を探すという。自力で探しているのか、動物保護団体に依頼しているのかは知らない。もしかしたら、口だけで何もしないということも考えられる。自力で探すのは困難だろうし、動物保護団体も嫌な顔をするだろう。そのまま飼い続けるまら、鳴き声で迷惑している隣人が被害者だ。何よりもそんな人に飼われてしまった、売られてしまった犬が一番かわいそうである。何も悪くないのに、母犬から引き離され、たらい回しにされ、迷惑がられている。

人間は動物を飼う限り、こんな不幸は続くのだ。うんざりする。
# by fussyvet | 2013-01-30 11:41 | 動物

今回の衆議院選挙についての雑感

個人的には大選挙の一つが終わったと思っている。これだけ新党が土壇場で乱立し、くっついたり、離れたり。しかも、政権交代が予想される状況だったから、これは皆一票を投じに投票場へ駆けつけるに違いないと思ったら、投票率は「なんだこれは」と思うような数値だった。日本人として、恥ずかしい。初めて選挙権というものを手にした時代の先人たちが今回の投票率を聞けたとしたら、どう感じただろうか。

その点でいえば、動物愛護運動の先鋭的活動家は、絶対に選挙に行っているはずである。動物の問題に関心を持ち、熱心に取り組んでくれた国会議員を応援したり、政党にアンケートを送ってその結果を公表したりして、投票を促していたことからも伺いとれる。ただ、どれくらいの人が投票先を決める際に動物愛護を考慮するだろうか。ましてやこの、経済、復興、教育、外交、年金、医療費と問題が山積している状況下で、動物愛護を最優先事項にしている人がいるんだろうか。

動物の問題は少なくとも経済、教育、同和と密接に関わっている。まずこれらの問題が解決の方向に回らずして、動物愛護運動は考えられない。活動する団体のデータ公表が悪いとは全く思わない。でも、動物の問題に関心を持つ一有権者としては、動物愛護の観点だけから投票先を決めてほしくはないと思う。多分、包括的に考えた結果ではないその一票は無駄になる。

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# by fussyvet | 2012-12-17 09:38 | 動物

活動に利用されたくなくて

 東日本大震災後のあらゆるジャンルの動物愛護運動家による非常識な「狂騒」に嫌気がさし、しばらくブログを触る気にもならなかったけれど、またゆっくり、つらつらと書いていくことにしました。動物愛護運動、特にアニマルライツ運動に利用されることはご免こうむりたいし、その対極の側にある人たちの現状にも全く賛成しかねる。それでもいずれも意見にも一理あることは当然あるわけで、そんな中で自分の経験から思うことをまた書き出していきたい。

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# by fussyvet | 2012-08-12 21:48 | 動物

「ザ・コーヴ」鑑賞

ザ・コーヴ [DVD]

ポニーキャニオン



日本のイルカ猟を批判したドキュメンタリー映画がアカデミー賞のドキュメンタリー部門で最優秀賞を獲得したという話題から始まり、同映画が国内で上映されることが決定すると上映予定の映画館に街宣車が「反日映画を上映するな」と妨害活動を始めたということで、どんなもんかと思って構えながら見たが、これのどこが反日映画?製作者が外国人というだけで、日本人全体を敵視した内容なんかじゃないじゃない。

全編を通して出てくるのが、「わんぱくフリッパー」の調教師だったリチャード・オバリー氏。彼はフリッパーを演じた複数のイルカの調教師だったが、自分が飼育することで自分の愛するイルカたちがどれほど苦しんでいるかに気づき、イルカの解放運動を始める。もともとは日本での活動などではなく、自国で水族館用に送られるために捕獲されたイルカたちを逃がすため、そこで網を切るなどの非合法的な妨害活動を含めた活動を展開していた人。日本の太地町を標的にするようになったのは、そこが世界中の「イルカショー」への供給源になっていたからだ。

イルカの屠殺現場を撮影するため、彼らはチームを構成する。声をかけられたのは、特撮の専門家、スキンダイバー、冒険家など多種多様なメンバー。太地町に入ってすぐ、見た目で外国人とわかる彼らは警察や漁協から尾行を受ける。町全体が敏感になっていたから、当然と言えば当然。その辺りの攻防と、農水省、IWCにおける日本代表の説明と現実の矛盾、そして、イルカなど海の生態系で上位に立つ動物の水銀汚染を絡めて話が進行していく。映画のクライマックスは撮影に成功した屠殺シーン、そして、その後、その画像を農水省の役人に突き付け、IWCで「屠殺方法は改善され、ほとんどが即死する」と日本代表が説明しているさ中に嘘であると示すように会場に見せて回る。私自身は、イルカを含めた捕鯨反対派が理由とする「知能が高い動物だから」というものには、「知能が低ければよいのか」と反発を感じるが、「屠殺方法が長時間苦しませる方法であるから」という点で私は彼らに賛成だ。ちなみに、牛、豚、鶏の屠殺を見てきたが、イルカ猟よりもずっと苦しむ時間は短い。

リチャード・オバリーは、イルカの調教師だった頃、稼いだお金でポルシェを購入した。それは自分が製作に参加した「わんぱくフリッパー」によってイルカの人気が上がり、経済的価値も上昇し、捕獲されるイルカが増えたせいだったことも知らずに。「私は愚かでいい気になっていた」というようなその自責の念も伝わってくる。太地で撮影した映像を首からかけたモニターに映し出して、IWCのみでなく、東京の街中でたたずむ彼の姿は、道化師そのものだ。それを彼は敢えて自分に課しているようにもみえる。

「反日映画だ」「プロパガンダ映画だ」という声こそ、プロパガンダだろうと思う。多分、裏で関係者が動いているのだろうと思う。そんな声に騙されずに、まあまずは普通の人には見てほしい。そして、考えてほしい。動物愛護に関心のある人もない人も。

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# by fussyvet | 2011-07-09 16:34 | 映画

「20 km圏内」のドタバタ

動物を守りたい人にもいろいろある。愛玩動物を守りたい人、野生動物を守りたい人、畜産動物を守りたい人、そして実験動物を守りたい人。福島第一原発の半径20 km圏内に取り残された動物たち(この場合、愛玩動物および畜産動物)を助けようと、それまで実験動物のアニマルライツに傾倒していた人たちまでも一斉にネット上に集まって、行政に多くの声を電話を呼びかけ、現場の状況も考えず、結果的にその機能をマヒさせるような行為にまで及んでいた。そんなさ中、一人、前線で活動している獣医師がいて、動物愛護な人たちは皆その獣医師に注目し、称賛し、期待をかけていた。

ところが、あるテレビインタビューでその獣医師が、取り残された畜産動物の命をなんとか救おうと、一時的に「実験動物」としてそれらを移送することを提唱した。その途端、その「実験動物」という言葉に反応したアニマルライツな彼女たち、それまでは、他の動物愛護な人たちに便乗してその前線獣医師を応援していたにもかかわらず、ピタッと立ち止まり、「う~ん」とうなっている様子。自分たちがその存在を否定していた動物実験・実験動物が肯定されるような形になり、それはちょっとと立ち止まった。

後先考えず便乗するような行動は何にしても良い結果を生まないわけで…。

前線獣医師は、彼女たちの反応を「過敏だ」とし、説明を加えているが、いずれにしろ、彼が提唱していることが実現すれば(私自身は実効性に乏しいと思っているが)、「実験動物」が増えることには変わりない。その削減を目指している人たちにとって、それを認めてしまっては、自分たちの主張の一貫性が失われてしまう。最初から、アニマルライツな人たちがその思想からできることは、「この悲劇を教訓にして、皆、ベジタリアンになりましょう」「動物の飼育を止めましょう」と呼びかけることだけだったろうと思う。だって、人間が動物を飼育している限り、悲劇はなくならないのだから。

加えてこの一件によく表されていることには、獣医師は、獣医師である限り、決してアニマルライツな側には属しえないこともあるだろうと思う。

私は動物を取り巻く悲劇をなくしたい。でも、こんな一貫性のない人が多い中にあって、それは不可能なんじゃないんだろうか。猫も杓子も集まって、お祭り騒ぎ。ぐったり疲れた1ヵ月、早く収まってほしい。

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# by fussyvet | 2011-05-27 09:57 | 動物 | Trackback | Comments(11)