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第22回日本動物実験代替法学会学術大会に行ってきた

 第22回日本動物実験代替法学会について、長い文章を書いたのに、Internet Explorerの不具合のお陰で、消えてしまった。あの長い文章をもう一度書く気力もないので、まとめだけ。

・開催地が大阪であったせいか、市民シンポジウムの一般参加者が少なかった。
・動物愛護団体の参加も少なかった。
・獣医系大学の学生もいなかった。
・獣医師の参加もほとんどなかった。
・昨年、ある動物愛護団体を怒らせたと聞いたので、今年はどうかと様子を見ていたが、大した対立もなく終わった。
・学会発表としては、3Rのうち、Replacementに集約されつつある。
・そのReplacementの道のりもまだ長く、悲観的。
・化粧品におけるReplacementすら危ういのに、医学系研究における動物実験はなくならないだろう。
・獣医師としてできることは、RefinementとReductionであることを確信。
・教育における代替法は、学生による打ち上げ花火的活動では持続性がなく、教官の意思による参加が不可欠。
・研究者と動物愛護団体が参加する唯一の学会で、双方の確執は非建設的。
・動物実験の全廃は無理でも、無駄な実験を減らすことはできる。そのためには、巨大研究機関だけでなく、公には知られていない研究機関を含める(意識を変えるための)法制化が不可欠(そこに、研究者側と動物愛護団体との話し合いの意義がある)。

 まあ、こんなところ。
 Internet Explorerに怒っています。


※本ブログはリンクフリーですが、本ブログ内の文章の転載については、リンク等により記載元としてこちらが分かるようにし、かつ、同一文章を修正または一部抜粋することなく全文を記載してください。同一日付内文章の無断での一部抜粋および加工転載は一切お断りします。
 管理人は仕事、育児および家事にと綱渡り生活を送っております。申し訳ありませんが、いただいたコメントおよびメールについて、個別に返信することができません。ご了承ください。
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# by fussyvet | 2009-11-16 11:12 | 動物

炭酸ガスによる殺処分について(再掲あり)

 以下のような質問を受けました。

 所謂、炭酸ガスによる殺処分の実態についてですが、例えば、「気絶をするから 安楽死だ。」と言う人も居れば、「もがき苦しむから安楽死ではなく、窒息死である。」と言う人も居て、私にはそういった専門的知識もありませんので想像の範囲でしか知ることが出来ません。
 私は一辺倒な考え方を持つ事にとても抵抗があるので、質問したくメール差し上げました。
 炭酸ガスでの殺処分は動物にとって安楽死と言えるのでしょうか?


 これに関して、昨年の実験動物医学会で発表された教育シンポジウムの抄録が公開されていますので、そちらを参考にしてください。なお、この抄録の最後の演題に出てくる効果が高いとされるイソフルラン麻酔の併用ですが、ほとんどの自治体ではイソフルランなどは使われていません。設備、予算の問題等があると思います。それから、二酸化炭素による安楽死についての過去記事は「二酸化炭素による動物の殺処分について(2007年9月3日付)」にあります。
 「気絶をするから、安楽死だ。」「もがき苦しむから安楽死ではない。」は、あくまでも見た目から判断されたものであり、科学的裏付けはありません。もちろん、見た者(殺処分を実施する者)の精神的苦痛も考慮に入れて安楽死を定義する人もいます(実施する者の精神的苦痛が生じる方法は、安楽死と認められず、回避するべき)。動物の苦痛除去を第一に、実施する者の精神的苦痛や実用性(効率、コスト、設備等)をその次に考えて安楽死方法は考えられるべきだろうと思います。今のところ、二酸化炭素はその鎮痛作用によりガイドライン上、安楽死方法として認められている国が多いと思います。が、分かっていないことが多いのも事実で、その解明には今後の研究が必要です(そうすると、この部分についての動物実験を肯定することになります)。一番いいのは、イヌ・ネコの飼育者に審査を設け、商用・個人的趣味を問わず繁殖を制限等して殺処分される動物をなくすこと、実験動物の削減であることは言うまでもありませんが。


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# by fussyvet | 2009-09-27 15:50 | 動物

パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド

 最近、レビューを書く元気もなくなるほどシリアスな作品が続いたので、これはかなり期待して見たのですが、エンターテイメントとしては第1作目の方が上、コメディとしては第2作目の方が上です。が、特撮とアクションはこれが一番上だと思いました。

 デイヴィ・ジョーンズと海の女神はどうなったの?そもそも、なんで海の女神の登場も唐突。
 ウィリアムがどうしてああなったの?
 ジャック・スパロウとエリザベスの恋愛ちっくな伏線は不要。

 物語と人物の関係が複雑で、展開も速くて、分かりませんでした。おもしろいんだけど、わかりづらい。結局、wikipediaに詳しく書かれていたストーリーを読んで初めて理解できました。
 チョウ・ユンファ演じる海賊サオ・フェンの出番はもっと多くても良かったのでは?チョウ・ユンファが、バッドマン・ビギンズでの渡辺謙と同じような出方だったからか、「もし、渡辺謙が演じていたら、どうだっただろう?」と想像してしまいました。まあ、シンガポールを拠点とする海賊の役なので、中国人の方が適任だとは思いますが。
 結局、個人的にはベケット卿の最期が一番印象に残りました。そのベケット卿を演じていたトム・ホランダー初め、デイヴィッド・スコフィールド、そして、愛するビル・ナイ等々、脇を固めたイギリス人俳優たちが渋くて、後から調べるのに時間がかかってしまった。調べながら、「日本にも山崎努だとか、仲代達也だとか、渋い俳優がいるよな。彼らももっと国際的に認められてもいいのに…。」と心で呟きもした。

 元々、シリアスな話が好きだったけれど、最近は観終わってから、「ああ、楽しかった。」と素直に、単純に思える映画の方がいい。歳のせいか…。
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# by fussyvet | 2009-09-25 23:10 | 映画

イヌ・ネコの譲渡を行なっているボランティア団体について

 6月11日付の記事に対してメールをいただいた。因みに通常、余裕もないのでメールへの個別の返信はできないし、今後もできません。

fussyvet 様

 こんばんは
 昨年12月に殺処分の方法について質問させていただいた○○です。久しぶりにブログを拝読させていただきました。

 6月11日付けの記事について少し意見を述べさせてください。

「何のための運動なのか、本質を欠いた運動に明日が来るわけはない。が、しかし、どんな運動においても、悪質な団体の存在は運動の促進を妨げるだけではなく、運動自体を疑問視され、さらには後退させる要因となり、そのような団体は排除していかなければならない。」

という部分に関してですが、fussyvet 様が言及されているような明らかに悪質な団体が批判されるべきなのは当然ですが、悪質な部分が表に出てこない「愛護団体」も多々あると私は考えています。

 これらの「愛護団体」は明らかに悪質な団体と裏でしっかりつながっているのであろうと、思われますけれど、このような団体は一見よい活動をしているので排除の対象と位置付けられることはまずないでしょう。

 fussyvet 様のリンク集にも、そのような 私が?と考えている団体が入っていますが、通常、裏に隠れた悪質な部分を把握することはきわめて困難ですし、愛護団体の良し悪しを問題にすることは確かに重要ですが、愛護団体の必要性について考えてみることの方がより重要ではないかと思います。

 善意からであれ、あるいは裏に隠れた悪質な動機(金銭的な利益を得ることが目的)からであれ、動物にぶらさがって生計を維持する活動であるのなら結局のところ、どのような団体であっても、ある意味、たいした違いはないと考えています。

 つまり、例えばかわいそうなイヌ・ネコを助ける活動をすることで生活しているのであれば、その前提として、人々がイヌやネコを飼う社会であることが必要不可欠ですから、ここにおいて唱えられる動物愛護は幻想でしかないでしょう。



「正規の手続きを踏んだ結果、問題のある団体が淘汰されることは全体的な運動のためになり、イヌ、ネコに限らず、よりよい動物との共存のためには悪質な団体は是非とも淘汰されなければならないと思う。」

 前述したように、その団体が悪質か否かを見極めることはきわめて困難な場合がありますから、仮に明らかに悪質な団体が淘汰されたとしても、悪質な部分が表に出てこない団体はしっかり生き残るでしょう。

 私は、動物愛護あるいは動物福祉を強調する活動は必要ないのではないかと考えています。それより、fussyvet様もおっしゃっているように、「ライフスタイルの見直しで犠牲を減らすことができる」
という点を強調すべきではないかと常々考えています。例えば、イヌやネコに関して言えば「人間、イヌやネコを飼わなくても生きていけるじゃない?」と主張できますし・・・

  「動物愛護運動を推進したいなら、問題のある団体を淘汰せよ」

とは言っても、イヌやネコを飼うのも自由ですから、飼い主に全ての責任を帰すべきだという方向でモノを言うべきではないかと考えています。すなわち、動物愛護団体に属することや動物愛護の活動に意義を見出す発想あるいはこれらを肯定する
発想から脱却すべきではないかと思うのですが・・・



 これに対する私の考えは以下の通りです。


 まず私自身は思想的改革派・現実主義的右派中道です。つまり、

> つまり、例えばかわいそうなイヌ・ネコを助ける活動をすることで生活しているのであれば
> その前提として、人々がイヌやネコを飼う社会であることが必要不可欠ですから
> ここにおいて唱えられる動物愛護は幻想でしかないでしょう。

とおっしゃることには全面的に賛成ですし、また、

>   「動物愛護運動を推進したいなら、問題のある団体を淘汰せよ」
> とは言っても、イヌやネコを飼うのも自由ですから、
> 飼い主に全ての責任を帰すべきだという方向でモノを言うべきではないかと考えています。
> すなわち、動物愛護団体に属することや動物愛護の活動に意義を見出す発想あるいはこれらを肯定する
> 発想から脱却すべきではないかと思うのですが・・・

という部分についても、私も理想として同様に考えています。

 しかし、現実を考えた場合、「無責任な飼い主」に当てはめられるような飼い主は後を絶ちませんし、これから先もいなくならないだろうと思います。そして、悪質なブリーダーによる多頭飼育崩壊もです。それを考えた場合、動物の権利を主張するのであれば、究極的には人間がイヌ・ネコ等を”飼育”しないのが、一番良いだろうと思います。しかし、現実的にはそれも近い将来でも無理だと思いますから、まず、とりあえず動物の福祉に重きをおかなくてはならないだろうと思います。そうなると、やはり今現在、危機に陥っている動物たちをどうするのかを考えたら、行政による殺処分、譲渡、および動物愛護団体による類似業務が必要不可欠だと思います。行政のみで行なえれば一番いいと思いますが、財政、人員を考えれば、絶対的に無理です。
 怪しい団体は少なからずありますし、裏でつながっているかも知れません。私がリンクしている団体は、私自身が今現在信用している団体ですから、それが信頼に値しないと思われるのであれば、是非、教えていただきたいと思います。が、いずれにしても、動物愛護団体を全否定することは、今現在はできません。

 私が当該記事で言いたかったことについて、動物愛護団体に属することや、動物愛護の活動に意義を見出すことの推進であると捉えられたのであれば、残念ですが、そうではありません。あそこで、敢えて問題のある動物愛護団体と抽象的に書いたのは、どこの団体も身に覚えがあれば、自分たちのことを書かれているのではないかと思うかもしれない、それを狙って故意にあのような表現としました。おっしゃるように、どこまでが悪質でどこまでが良質であるのか、定義することなど難しいからです。しかし、少しでも改善点が見出される団体であれば、それを直すよう、努力もされるでしょう。しかし、それでも私は動物愛護の活動に意義を見出すよう鼓舞したいわけではありません。

 全くイヌ・ネコの悲劇がなくなれば、動物愛護団体も必要ありません。そんな社会を願っていますし、自分たちの活動が不要になる時代が来ることを願っている活動家も、当然ながら、大勢います。

 以上、記事の趣旨の補足説明としてご理解いただけたのなら幸いです。


 最初のメールの送信者は、動物愛護を唱えることで食べていっている人たちや寄付を募る人たちに相当な不信感を抱かれているとのこと。高い譲渡率を誇るところも、その裏ではいい加減な譲渡によるものであることを情報公開請求にて知ったとのことでした。さらに返信にて、余裕があれば、情報公開請求をお勧めされたが、この方は御存じなのかどうか定かでないが、私は9年半行政にいた人間です。過去の職場(他の地域であっても同じ)に情報公開請求する気はいまのところありません。


 いろんなメールをいただきます。気が向いたら、返信する場合もありますが、「単に感情をぶつけたかっただけかな?」と思うメールもあり、原則、直接返信しないことにしています。興味深いメールや励ましのメールもありますが、余裕のない時は、疲れますね。
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# by fussyvet | 2009-09-23 08:25 | 動物

食用に回していれば、話は別

 昨日の記事の中で、食用に供する目的でなければ「と畜場法」に該当しないと記したけれど、どうも嫌な想像が頭から離れない。

 獣医系大学の病理学または解剖実習では、起立しているウシの前肢の後ろと後肢の前にロープを回して、前後からそのロープを学生が引っ張ってウシを仰臥させる。その際、廃用になったとは言え、元気はウシは当然大暴れするわけで、セラクタール(R)など麻酔薬や鎮静薬が予め投与されるのだけど、酪農学園大学ではその前投与が行われていなかったのはなぜだろうと疑問に思う。まさか、解体して異常が見当たらなかったウシの肉を食肉販売業者なり、農家なり、飲食店なりに転売したり、大学の学祭で焼き肉にして売っていたりしないだろうな。万が一、そんなことが行われていたのであれば、明らかに「と畜場法」「食品衛生法」違反だけれど、いくらなんでもまさか、ね。
 食肉検査員としてと畜場に出向いていた頃、農場で立てなくなったウシをその場でと殺、解体して、検査して欲しいという業者がいたが、私の当時の上司が「と畜場法」の根本を覆す行為だとして拒否した。すると、逆切れした業者が脅し文句で食ってかかり、傍らにいた私たちも本当に恐ろしい思いをした。それでも上司は屈せず、法律を守り、獣医師として私たちの職責を全うしたわけだ。強迫にも屈せず、立場を貫く獣医師もいるわけで、あくまでももしもだが、大学が実習後の解体肉を食用に転売されることを承知で回していたとしたら、これは大問題になるはずだ。BSEの検査もしていないだろうし。
 今回の刑事告発は「動物愛護法」違反だから、「と畜場法」違反についてまで調べられるのか分からないけれど、個人的にはとても興味がある。

 毎年、一人は獣医学生が動物実験を苦に自殺したという話を聞く。国全体で自殺者の数が増えている日本だから、比としたら大したことがないと言われてしまえばそれまでだ。が、自殺の理由として、生活苦であるとか時代を背景にした要因ではなく、一貫して動物の犠牲を苦にして学生を自殺に追いやっている学会が、その事実を無視続けて改善を試みないのであれば、どんな体質の学会なのかと世間は思うだろう。このままであれば、自殺者もなくならないし、内部告発もまた起こるだろう。そして、動物愛護運動も先鋭化するだろうし、賛同者も増えるだろう。一つ一つの事件で「ああ、よかった。」じゃなくて、もういい加減にその一つ一つを学会全体で考えるきっかけにすることが建設的ではないだろうか。
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# by fussyvet | 2009-08-25 09:55 | 動物

酪農学園大学が刑事告発された件

 JAVA「動物実験の廃止を求める会」が酪農学園大学の学長を相手取り、通称動物愛護法違反容疑で札幌地検に刑事告発したそうです。以下、同サイトから引用

引用ココから*****
 酪農学園大学獣医学科では、牛の病理解剖や剖検、解剖実習、殺処分において、鎮静剤(キシラジン)もしくは筋弛緩剤(サクシニルコリン)の接種のみしか行っていない状態、つまり、牛を意識や感覚が明瞭である状態で、学生達が力づくで牛を横倒しにして、押さえつけ、首を切り開き、頚動脈を引っ張り出して切断し、放血(血をすべて流れ出させる)させて殺しています。牛は大変な苦痛と恐怖を味わいながら死んでいくのです。

 その他、筋弛緩剤(サクシニルコリン)と獣医用薬品ではない科学実験用の試薬である硫酸マグネシウムを注射し、全身、特に呼吸筋と神経系機能を侵し、窒息死させたり、牛舎や牛の体を消毒するための逆性石鹸「パコマ」を静脈内に投与し、酸素欠乏に陥らせて殺処分する、といった方法も用いられるケースがあるのです。

 虐殺の実態は、酪農学園大学の獣医学生など関係者からの内部告発で明らかになりました。その実態は以下のとおり、非常に凄惨です。
***************************

 筋弛緩剤を頸静脈に打ち、牛が倒れたら「足結び係」が足を結び「放血係」が首を刀で裂き、頚動脈を引き剥がし、鉗子で動脈を挟み、ハサミで切れ込みを入れ、バケツにつながるチューブを動脈内に挿し込み、鉗子をはずし放血をする。
 眼瞼反射や肛門反射で死を確認し、足のロープにフックを掛け、吊り上げて体重を量る。解剖室中央に牛を移動させ(天井からフックのついた牛を左右に移動できる機械がある。有線のリモコンで操作。)頭をはずし、また牛を移動させ、台に降ろし、四肢をまずはずし、そのあと「腹出し係」がお腹を刀で裂き、腸、胃、肝臓などを取り出す。
 そして「胸出し係」が胸くうを空け、肺と心臓を取り出す。一方では「脳出し係」が脳を出している。
子牛の場合は、ドンと押せば倒れるので、その要領で倒し、足を結び、いきなり刀で首を裂く。時折、子牛を連れてくる研究室の学生がキシラジンを打っていたが、牛の意識ははっきりしていた。子牛の場合はチューブを動脈内に挿しはせず、ズバっと切って血が流れるままにする。動脈は体の深部にあるので、深く切る。殺される牛の中にはそれほど弱っていない牛もいた。その際、牛がモーモー!!!!!!とひどく苦しそうに、大きな叫び声をあげることがあったが、放血を担当していた当時の病理学教室の大学院生がそれに対し、「モーモー!!!!!だってよ、アハハハハ!!」と笑ったこともあり、その光景はまさに地獄絵図のようだった。
まだ鳴いている子牛に先生が近づき、刀で気管を切り裂いたこともあった。

***************************

 その女子学生は、この残酷な殺処分方法に対して、勇気を振り絞り、「せめて麻酔を打って欲しい」と学長に直訴しました。しかし、彼女の訴えを学長は黙殺し、この残酷な方法を続けました。女子学生は、日々、行われる牛の虐殺のことで悩み続け、昨年10月末、首をつり自殺をしたのです。彼女の死後も大学は何ら改善を行っていません。

 動物愛護法の第40条第1項において、「動物を殺さなければならない場合には、できる限りその動物に苦痛を与えない方法によってしなければならない」と定められており、同法に基づく「動物の処分方法に関する指針」の第3 処分動物の処分方法においては、「処分方法は、できる限り処分動物に苦痛のない方法を用いて意識喪失の状態にし・・・」とある。そして、「苦痛」の定義として、肉体的な痛みだけでなく、精神的苦悩、恐怖、不安等も含まれると定められています。
動物愛護法第44条第1項において、みだりに愛護動物を殺すことが禁じられているにも拘らず、酪農学園大学では、被告発人によって、年間約500頭にものぼる数の牛が虐殺の犠牲となっているのです。

 現在、JAVAでは、刑事告発とは別に、酪農学園大に対して、即時改善を要請していますが、全国には16の獣医大学があり、酪農学園大以外でも、同様の方法をとっている大学があると思われます。
 この酪農学園大学への活動は、獣医学教育における動物実験を廃止させるための第一歩となる重要な活動と考えています。

引用ココまで*****

 少し前に酪農学園大学の学生がウシの解剖実習に悩んで自殺したという噂は聞いたのですが、詳細はここから出ていたんですね。因みに私が学生の頃の同じ実習では、学生40人に対し殺した牛は数頭でした。年間500頭というのは学生数に比しても多いかな。まあ、酪農家から廃用となった乳牛の譲渡を受けやすい条件下にあるのだと思います。それから、私の学生の頃は、最初に牛に対してセラクタールという薬剤を筋注してから倒したこと、頸動脈からの放血時に皮下に局所麻酔薬を投与していたこと等がここに記載された酪農学園大学の方法と相違する点です。「パコマ」を静注する方法は、投与された動物は見た目には静かに死んでいくため、酪農家、養豚農家で病気で動けなくなった家畜にはよく用いられる方法です。”簡単”で”安価”でしかも消毒薬ですから、感染症が疑われる場合、消毒効果もあって一石三鳥くらいの感覚です。パコマは麻酔薬ではないのですが。
 まあ、モーモー鳴きながら死んでいく牛を嘲笑った大学院生がいるという時点で、大学の品格が問われます。そういえば、私のいた大学の医学部では、献体された遺体解剖実習で、切断された耳を壁に当てて、「壁に耳あり。」と冗談を言った医学生が退学になったという噂があり、当時、「さすが医学部だな。獣医学部ではどうして退学にならないんだろう?」と思ったものです。私の同級生は、カエルの足を使って冗談を言っていましたから。ウシの解剖実習では、ずっと飼育実習で使ってきたシズカという名前の乳牛を最初に使いました。私が大学の実習で泣いたのは、それが最初で最後です。泣くことは恥ずかしいことだと思っていたから、隅の方にいってましたが、気付いた同級生の一人が「泣くな。」とやさしく声をかけてくれました。その同級生は今、母校で教授をしています。
 夕べ、ちょうど学生に戻った夢を見ていて早朝に目が覚め、今見つけた記事です。タイムリーにいろいろ思い出させてくれますな。
 上記の様子を読んで、”地獄絵図”だと思った人は、獣医系大学に行かない方がよいかも知れません。上記の方法で主に問われるべき点は麻酔薬使用の有無だろうと思います。残りの部分はどこも同じやり方でしょう。確立された方法ですから。ことの成行きを興味深く見守りたいと思います。

 ちなみに、ウシを殺してもよいのは「と畜場法」で「と畜場」だけと決まっているのではないかと疑問を抱かれている人を見かけましたが、同法で定められている「と畜場」とは「食用に供する目的で獣畜をとさつし、又は解体するために設置された施設」(第3条第2項)ですから、食用に供する目的以外、つまり実験・実習でとさつする場合は同法に含まれないはずです。
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# by fussyvet | 2009-08-24 04:55 | 動物

「ブラッド・ダイヤモンド」

 数日前にDVDで見ました。1回目は字幕でお酒を飲みながら、2回目は監督の解説付きで。それでも、見足りないので、アマゾンで特別版の中古品を注文してしまいました。
 シエラレオネの内戦では反政府軍に手足を切断された人たちが五万といます。女子供容赦なくです。が、この映画の中でそのシーンは1度きり。しかも、この映画の中では大きな斧で一気に切断していますが、実際は現地でマチェットと呼ばれる大きなナタのような物で何度も叩いて切断しているわけで、それと比べたら、あっさりとしていますし、実際に少年兵が行った残虐行為の中には妊婦のお腹の中にいる子供が男の子か女の子か賭けをして、その腹を裂いて殺しただとか、眼球をえぐり出しただとか、映画では描けないようなことが行われていたわけで、そんなレポートを読んだことがある者にとっては、この映画の何とマイルドなことか。それでも、「レオナルド・ディカプリオ」の名前や映画の宣伝用動画につられて何気なく見た人にとっては、本当に目から鱗のショッキングな内容だったろうと思います。それが伝わって、さらに”キンバリープロセス”だとか、他の紛争の背景に関心を持つ人が増えれば十分。監督も監督冥利に尽きるだろうと思います。

 レオナルド・ディカプリオは”いい男”じゃなくて、優秀な俳優です。無冠の帝王だけれど、彼がこのまま役者を続ける姿をずっと見ていたい。
 ジェニファー・コネリーも知的になりました。ラブシーンなんて入れなくて、正解。
 映画の中の少年兵は無理やり少年兵として育成されて、解放後は家族の元に帰れたけれど、実際は快楽で人を殺すことを楽しんでいた少年もいたし、家族に受け入れられない元少年兵もいた。映画で全ては語れないけれど、それでも、この作品は価値ある映画だと思います。
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# by fussyvet | 2009-07-26 22:45 | 映画

「ハリー・ポッターと謎のプリンス」

 これまでのシリーズを見てきたのと、アラン・リックマン見たさが理由で見てきました。ハリポタを映画館で見たのはこれが初めてですが、DVDを家でこそこそ見るのとでは迫力が段違いでした。残りの2作も映画館で見たいと思っています。

 以下、ネタばれ少しありです。
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# by fussyvet | 2009-07-26 22:10 | 映画

「人間の証明」

「人間の証明」 出演 ジョー・山中

 ツタヤの郵送レンタルで見た。古い映画。
 なぜ、見たのかと言えば、子供を生んだ後に偶然、こんな映画があったことを思い出したから。「母親が子を殺せるか?」

 それで悪い”母親”がこの映画を見た感想です。

ネタばれあり
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# by fussyvet | 2009-07-10 00:04 | 映画

「真に動物を助ける職業」とは?

 日本獣医学会のQ&Aを久しぶりに覗いたら、おもしろいのがあった。獣医師を目指す高校一年生(今はもう二年生になっているはず)の女の子の「獣医師の資格をとっても、実際は動物を助けることはほとんどできないのか。また、動物を助ける真の職種を教えて欲しい。」との質問に対する回答が掲載されているが、この内容について個人的な補足、異論を書いてみる。

 回答冒頭の
「『獣医師』という国家資格は、単なる手段であって、目的ではありません。獣医学部に入った全員が獣医師を目指すわけではありません。中には、小学校の教員を目指す人、マスコミ関係の職業に就く人、プロスキーヤー、などさまざまです。
 小学校の教員は、自分の生徒に動物の命の尊さを伝え、結果的に「動物を助ける」人間の心を育てるでしょう。また、マスコミ関係の職について、自然界で起こっているさまざまな環境問題や野生動物の現状について社会に広く伝え、野生動物の保護活動を起こすきっかけを作ることができるでしょう。
 といったように、どのような職業に就いても、いろんな手段を用いて「動物を助ける」ことは可能だと考えます。」
の部分は全くその通りだと思う。(プロスキーヤーというのは、我が大先輩の三浦雄一郎氏のことだろう。なんでわざわざ超特異的でマイナーな卒後進路をここに書いたのかと考えると、思わず笑ってしまう。)

 その後、「獣医師として獣医学的知識や技術を活用して『動物を助ける』手段について」代表的なものが挙げられているが、1. 動物園獣医師については、回答者自身の職業ゆえにその通りで、異論をはさむ余地はない。が、実際に動物園の獣医師になれる獣医師は、本当にごくわずかである。この女の子が就職する年に、それだけ採用枠があるか。もしかしたら、このご時世、採用枠がないかも知れない。それくらい、確率が低いので、最初から動物園の獣医師”だけ”を目指すことは現実的でないのでお勧めしない。

 2. 小動物・大動物の臨床獣医師として、愛玩動物などの小動物と畜産動物などの大動物を診療する獣医師が同列で語られていることには、とても違和感を感じる。畜産動物の臨床は、畜産農家の利益をまず考えなくてはならない。そうなると、自然と動物の命は後回しになり、コストがかさむのであれば、安楽死や即刻と畜場行きとなるから、この場合、「動物を助ける仕事」とは言い難い。
 ところで、この質問者は女の子だが、現在、大動物臨床の職場では、体力的な観点から男性獣医師を優遇して採用している。男女平等とか何とか言っているが、これはまぎれもない事実である。この質問者の女の子が将来、大動物臨床獣医師になれる確率はとても低いだろう。また、動物病院などの小動物臨床については、人間の医者のように勤務医としてずっと勤めていける病院は少なく、3年くらい代理診療を経験したら、自分で資金を調達して開業する獣医師がほとんどである。この質問者の女の子がどれだけアクティブな子か分からないが、そのようなことを実際に女性としてやっていけるか?開業すれば、恋をしたり、子供を育てたりする暇もないだろう。そのようなことを諦められるか?あるいは、夫婦で開業することもあるだろう。が、それを見据えて、確実にパートナーをゲットできると見込めるか?代理診療をした後、経済的、家庭的に開業することもできず、将来に不安を感じて、結局、公務員の獣医職などに転職(これも採用試験は30歳くらいまでだ)する獣医師は五万といる。そのようなことを考慮せずして、漠然と「臨床獣医」を夢見ることはお勧めしない。

 4以降、製薬会社や動物実験施設の実験動物獣医師、家畜保健衛生所、食肉衛生検査所の公衆衛生獣医師、大学研究機関の獣医師とある。これらはどれも枠も大きいから、なりやすいだろう。実験動物獣医師は確かに実験動物の福祉について考えられるので、これはお勧めだけれども、ただし、動物実験の肯定が前提である。家畜保健衛生所の獣医師は検査や農家との交渉、病性鑑定が主な仕事であって、質問者のいう「真に動物を助ける仕事」に当たるのだろうか?食肉衛生検査所の獣医師は、食肉検査をするのであって、「動物を助ける」とは言い難いだろう(だって、主に殺した後のお肉を扱うのだから)。製薬会社や研究施設に行くのであれば、博士号を持っていた方が(研究者なら学位は必須)将来的に強みになると思う。

 最後の締めに、「本人の気持ちさえあれば、どの職種でも「動物を助ける」活動を進めることができます。」とあるが、これは全く奇麗ごとだと思う。この一文は若者は全く鵜呑みにしてはいけない。とにかく、どんな動物とどのように関わりたいのか、そのイメージをまず持って、その上で情報収集をすることをお勧めする。
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# by fussyvet | 2009-07-08 15:37 | 動物