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確定診断前2

 暦上の休日には入院患者の検査は進行するんだったっけかな。自分自身の入院経験が既に18年前のものなので忘れてしまった。近頃はお医者さんも足りないとか言うし、治療はともかく検査も週末は止まってしまうのかね。
 見舞いに幼児はご遠慮くださいとのことなので、チビがいる週末は面会に行けぬ。会えないこと自体は出張の多い人間だったからどうってことないが、「わからない。」状態が改善されないとなると結構しんどい。親族も近づけないし、子供と二人、身を寄せ合って過ごすしかなく、事情を理解できない息子に「とうちゃんは?」と質問を受けるうちにいつか「とうちゃ~ん!」と泣き出すのではないかという息子の哀れを想像すると、早く無事帰ってこいよと思う。
「もういらない!」
と悪態をつけるのも、その存在があればこそで、急にいなくなればそれはそれで寂しく不安である。何よりも息子のことを思うと、やはりまだ居てもらわねば困る。
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by fussyvet | 2008-11-28 15:41 | 家族

憶測での「言論の自由」の利用

 権利や自由を主張するには、それに見合うだけの責任が伴うはずだ。そうでなければ、民主主義はただの暴徒の塊にしかならない。

 いろんな事件を起こす人間がいるが、その犯罪が起こってしまった理由にはその犯罪者の内的素質とその素質を増幅してしまった人間関係や体験など負の環境因子、そして抑制因子の不在が関わっているだろう。まあ、こういう分析能力が他国に比べて日本がどうなのかは知らないが、そんな犯罪者を作ってしまった環境因子は一つではないだろうと思う。

 一方の言い分だけとりあげて、それを「それが本当なら」と話を続け、結局は自分の思いに見合った方向に話を持っていくことはどんな主義主張を持つ人であっても見られることだけれども、そんなことばかり続く人を個人的に見ていると、もうがっくりと肩を落とさざるを得ない。

 保健所にもとんでもない人間もいたが、良心的な同僚も多かった。私の昔の良き同僚たちが、今回のこの痛ましい事件をどう捉えているか…。聞く機会があったら聞き、「動物愛護運動に携わっている人がこんなことを言っているが、どう感じるか?」と感想を聞き、それらが実現したらここにアップしたいと思う。

 犯罪者を作り出す要因は一つじゃない。犯罪を犯してしまった者の心の根底にあるものも一つじゃない。本人がどう言おうが、潜在意識はあるし、ましてや間に人を介していればそれが簡単に偏向されるものであることは経験を積んだ成人なら知っていることだ。己の主義主張はそんなことすら考慮に入れられなくするほど脳を占有するものか?
 子供に限らず、家族が愛している動物を黙って保健所に連れてくる人にはそれぞれに理由がある。連れてきた家族が悪いことだってある。その後、家族がクレームをつけてきたケースは私自身は経験はないが、そうならないように現代はどこも慎重にしているだろう。仮に馬鹿な職員が対応を間違えてしまったとしても、それだけが犯罪者を生み出してしまう唯一の要因ではないだろう。私が憤慨しているのは、いろいろな可能性が考えられる事象を取り上げて、自分たちの主張に見合うように犯罪報道すら偏向して利用してしまうこと、そしてそれが及ぼす影響についてその危険性と合わせて全く理解していないことだ。
 自分の主張を大切にするあまりに他人を傷つけるような言動は厳に慎むべきだ。その主張が大切であるのならなおさらだ。それにより間接的に困るのは言った本人じゃない。その本人が守ろうとしているものだということに気付かないことが本当に歯がゆい。
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by fussyvet | 2008-11-28 11:15 | 徒然

確定診断前1

 今のところ肺がんの可能性の方は低いというが、確定には至らず。

 最悪=肺がんの可能性が低いと知り、少し落ち着いたが、「分からない。」ということがいかに不安を煽るものであるのか思い知る。明日より入院。
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by fussyvet | 2008-11-27 09:50 | 家族

”陰影”

 家族に軽視できない病変が見つかりました。
 確定診断がつき、落ち着くまでしばらくお休みします。
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by fussyvet | 2008-11-25 21:49 | 家族

まあ、いろいろびっくりしますが

 厚生労働省だかを退職した上層部の人たちが、ご自身のみならず、何の罪もないご家族まで巻き添えになる痛ましい事件があり、「年金テロ」だとか騒いでいたのに、容疑者の自供では子供のころに保健所に犬を殺処分された恨みだとかいう話が出てきて、自分の身に置き換えて震えた。私だって、保健所で動物の引き取り業務に関わったのだ。たまたま私が関わった引き取り依頼者の中には事件を起こすような人がいなかった(いや、変な人もいたけれども)だけで、これを”運の違い”と言わずして何と言おうか?…、まあ、まだ真相は明らかでありませんが。
 と、いうようなことを最近は徒然と思っていて、ここの「徒然」に書き足そうかと思っていたのだけれど、他の人のブログでぶっとぶような文章を見つけて唖然としてしまったので書いておきます。

 確かにね、私が社会人になりたての15年くらい前までは確実に陰陽問わず保健所から大学や研究機関へのイヌ・ネコの払い下げが行われていたし、かの事件の容疑者のイヌも保健所で殺処分されずに研究機関に払い下げられた可能性もあるわけです。だからと言ってですね、もしもの仮定としてではあるけれども、「本当に恨まれるべきは誰だったのか?」と暗に含んだ疑問を投げかけられるのはですね、なんていいますか、恨みの矛先を不特定多数の読み手の恣意的な解釈に任せつつも特定のターゲットに向ける意図が伝わってきて、もっともっと背筋が寒くなるわけです。仮にも殺人事件なわけです。何の罪もない家族まで巻き添えになっているような事件なわけです。もしかしたら、「ターゲットが違っていたら、あなたの家族も…。」という脅迫文まで感じます。あまり深く考えずに書かれたのかも知れませんが、重大な結果を引き起こした事件に絡めて話すにはあまりにも無神経ではないですか?またもし逆に、故意に書かれたものであるならば、私は動物実験反対運動に賛同しようとしている全ての人を徹底的に賛同を思いとどまるよう説き伏せたいと思います。

 私は学生時代に保健所から払い下げられた動物を実習に使わされたし、保健所に勤務したことはあるし、その方がおっしゃるところの”ターゲット”としては全てに当てはまり、逃れられないわけですよ。もし、今回の被害者が本当にイヌの仇討のために殺されたのであれば、私も私の息子も私の夫も私の親兄弟も被害者になり得たわけです。そして、それがもしも「かわいそうな動物たちの仇討のため、自業自得だ。」などと思われるのであれば、私はこの世の一切を信用しないし、すべてを呪うでしょう。特に動物の権利を守るため、そのような殺人すら”死刑”と位置づけて行動することが動物愛護運動であるのなら、私はそのような運動は決して許さない。

 誤解を招くような言動は肝に銘じて慎まれた方が良いと思います。特に重大事件に絡めては。それが悪意であるのなら別ですが。自分たちが持ち合わせている良識が自分たちが疑っている研究者の良識と大差ないと言われても仕方ないことになってしまうでしょう。
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by fussyvet | 2008-11-25 12:02 | こうして社会は回ってる

他人の顔面を半分移植されて幸せになる人がいるのだろうか?

<恐>世界初、イヌの顔面移植に成功―福建省アモイ市

2008年11月18日、イヌの顔面移植手術で世界初の成功例が伝えられた。15日、福建省アモイ市で行われた「華東6省1市整形外科学術検討会」で、執刀医の鄭勝武(ジョン・ションウー)氏が発表した。海峡都市報の報道。

鄭氏は福建省立医院整形科の医師で、06年7月、あるビーグル犬の頭部に、まぶたや耳を含む顔の縦半分を別の犬から移植した。手術は8時間かけ無事に成功。術後の経過は良好で、現在でも移植犬は健康に生活しており、神経に至る部分までその機能に支障はないという。

鄭氏によると、これまでにネズミやウサギで顔面移植手術の成功例はあるものの、イヌのような比較的大型の動物ではこれが初めてで、人間の移植手術にとってもモデル例となるとしている。臓器移植とは異なり、筋肉や血管、神経に至るまで移植するため難易度はより高く、術後の拒否反応についても免疫抑制剤などでの予防措置が必要だという。鄭氏はさらに、イヌの心身の健康のためのケアも欠かせない要素としている。(翻訳・編集/愛玉)
2008-11-21 11:46:46 配信


 同じ手術を人間でするとなると、顔面の半分を失った人がそのまま生き続けることは考えにくいから、多分亡くなった方がドナーになるのだろうけれど、血族の顔ならともかく、全く他人から移植を受けることを考える人は少ないんじゃないだろうか?そうなると、この手術の実用性はいかほどか?中国の動物実験倫理審査委員会はどうなっているのかね。日本でも審査が通って実験している研究施設があるんだろうか?頭部顔部に発生した腫瘍切除術を受けた人が抱える問題の大きさは計り知れないが、これは実際にどうなんだろうか?
 どうしてもマッドサイエンティストを連想してしまうのだけれど。
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by fussyvet | 2008-11-21 13:09 | 徒然

動物愛護の”ベクトル”

 先鋭化する動物愛護運動を疑問視し嘆く私に、「今は動物実験をする研究者側に”偏り過ぎて”いる。そのベクトルを真中に戻すために動物実験廃止も訴えなくてはならない。」と説明した動物実験廃止運動団体の人がいました。自分自身は今すぐに動物実験を廃止することは難しい、できないだろうと思っている。が、そう唱えていかなかったら、動物実験の”ベクトル”が研究者寄りになってしまうというのです。
 果たして本当にそうでしょうか?

 中高生の頃、数学で習ったベクトルを決定する要素としては向きを表す角度だけではなく、その矢印の長さ=強さも関係していました。それを忘れてはいないでしょうか?

 ベクトルを研究者側から取り戻すために、実行不可能なあり得ない理屈で動物愛護側に世論を呼び戻そうとすることが本当に正解でしょうか?

 研究者側からベクトルの向きを変えるためには、”先鋭的な”角度ではなく、その理論の正しさ、説得力、つまり強いベクトルが必要なのではないでしょうか?「動物実験即刻廃止!」という叫びではなく、「代替法が構築されるまで、実験動物の苦痛の軽減、使用動物数の削減。」の方が力強く、多くの人々を振り向かせられると思うのですが、違うでしょうか?
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by fussyvet | 2008-11-20 22:57 | 動物

やっと幸せを感じられる余裕

 息子はアレルギー持ち。生後まだ数カ月の頃から卵、牛乳、小麦粉の食物アレルギーから始まって、1年ほど前からはついに喘息も発症。アトピー体質まで揃って完ぺきである。今日は数カ月に一度の検診の日だった。
 正直なところ、これまで平日に息子と二人きりで過ごすのは憂鬱だった。かわいい、かわいい…、それには間違いないけれど、24時間そう思い続けているのは不可能である。他の心やさしいお母さんはそうではないかも知れないけれど、少なくとも私には不可能だ。かわいいしぐさをすれば、「かわいい」。が、そんなしぐさばかりじゃない。疳癪で、聞かないときはイライラする。こちらが寝不足であろうが、疲れていようがそんなことは容赦ない。通じない。書くのがはばかられるようなことを思ったことさえある。
 今日もそんな憂鬱な日の一つであったのだが、今日は…本当に心の底から息子と笑い、じゃれあい、ご飯を食べ、バスに隣り合って乗り、外を見ながら話し、子育てを「楽しむ」努力をしなくても穏やかに流れて行った。この子は私の子として生まれて幸せだったのかと疑う余地などなかった。私も本当に幸せだった。

 これまでは「余裕をもって子育てをして。」などと言われても、「そんな余裕どこに作る余裕があるんだ!」と鶏冠に来ていた。そんな私も少しずつ余裕が持てるようになったのかもしれない。私が成長したのではなく、子供が成長してくれたせいだ。

 これからはいよいよ私も成長しなくては。息子がいろいろ教えてくれる。息子が子供のころのことを思い出させてくれることで、いろいろと大人になってから忘れていた自分の”創世記”のことを思い出させ、私とは何者であったのかを知らせてくれる。
 人生、確かに仕事だけではないことを思わせてくれるのかも知れない。
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by fussyvet | 2008-11-20 17:52 | 家族

「カーズ」

 どうしてこのDVDが手元にあるのか。主人が買ってきたのは間違いないのだけれど、いつもの衝動買いにしては高価で彼が”衝動”を起こす理由もないので、多分息子が嘔吐下痢症か突発性発疹にかかったときに、家で缶詰めになっている我らの気を紛らすために買ってきてくれたものだったろうと思う。が、息子がまだ小さかったため、ずっと見ずにほおっておかれていた。2歳を過ぎてから見せてみると、これが病みつきになり、何度も見ているうちに私までストーリーを覚えてしまった。今では息子が「カージュ。」と言うと、「え、また?」とうんざりするほどに。
 それでもおもしろい。息子には悪いけれど、これは大人の映画だ。息子は手持ちのチョロQたちに「オジチャン」「カージュ」「マック」などと名前を付けて遊んでいるけれど、これは君にはわからない奥深い映画なのだよ。ちなみに先ごろ亡くなったポール・ニューマンの遺作(声優としてですが)。息子が言う「オジチャン」ことドックがポール・ニューマンとかぶってしまう。それほど渋さと重みを出している(アニメのくせに)。
 息子はすっかりセリフを覚えてしまった。日本語で覚えてしまったセリフを英語音声にして流したら、不機嫌になりそうだ。2歳の子供の言語能力はすざましいスピードで発達する。今度見せる映画は最初から英語にしておこう。同じディズニーのトイストーリーにしようか、バグズライフにしようか、モンスターズインクは怖いかな…などなどいろいろ考えあぐねる今日この頃です。
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by fussyvet | 2008-11-19 13:24 | 映画

平和の下の犠牲と平和への投資

 夕べ見たテレビ番組で”紛争解決人”が言っていたことが頭から離れなかった。

「シエラレオネの内戦解決には虐殺された人々の遺族の感情をないがしろにして虐殺の指導者の罪を問わないということで平和を樹立し、のちに副大統領になることまで許した。太平洋戦争については日本の無条件降伏。というように犠牲無くして平和はなりたたない。紛争解決は妥協の産物である。平和の実現のためには人権は踏みにじられるという現実があり、それにより今はシエラレオネも平和である。
だから、大切なのは戦争を起こさないということ。戦争が起きると確かに儲かる産業がある。であれば、平和を産業にすればいい。平和への投資ということを考えていきたい。」

 恐れ多くも私のつたない記憶をたどって私の稚拙な文章で要約させていただくとこんな感じだった。同じ番組を見て、間違いを見つけた方がいらっしゃったらご指摘ください。
 平和には犠牲がつきものという言葉が耳から離れない。私が今ここにこうして平和に暮らせるのも祖父母の代の想像を絶する悔しさと忍耐があればこそ。シエラレオネで家族を残酷に殺された人たちは悔しさと恐怖と悲しみの記憶を抱えながら”平和”の中に暮らしている(社会が平和という意味であって、想像を絶する経験をした彼らの心が平和であるとは限らないけれど)。そして、今紛争が起きているダルフールにしろコンゴにしろ、平和の樹立のために今残された人たちに更なる精神的忍耐と屈辱を要求せざるを得ないのかと思うと本当にやるせない。その中でマネーゲームを続けている日本は先人たちの苦労をいらわない国民の集まりであるの?

 ダルフール紛争に関与している疑いがある銀行の口座は引き揚げた。平和への投資という言葉がますます重く感じられる。お金をどう使うか、どこに支払うか、どんな企業の物を買うのか、消費者の選択は重要なのだ。動物実験をしていないメーカーを選ぶとか肉食を控えるとか、動物愛護に限ったことじゃない。

 もう一つ、少年兵になるのは誘拐された不幸な子供たちが大半を占めるのかと思ったら、”かっこいい”とファッションで自らなる子供たちが大半なのだと。もう、目からうろこでショックだった。貧困の中、エネルギーを持て余した若者(若すぎる子供も)のうっぷんは暴力に憬れさせ、残虐性とはそんな若者にとって競うことでどんどんエスカレートしていくゲームみたいなものだと。日本の若者、大丈夫か?そう言えば、最近無差別殺人、快楽殺人、右傾化・左傾化が目立ってきたな…。若者のエネルギーをおかしな方向へ向かわせないように若くない者が政治も経済も社会も守っていかないといけないというのに。
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by fussyvet | 2008-11-16 07:17 | 世界の話