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大阪府のブルセラ病感染犬等の殺処分について

 昨年12月、大阪府内にあるイヌの大量繁殖施設にてブルセラ病の発生が明らかになりました。結局、ここにいたイヌたちは全て安楽死となったのですが、殺処分に至るまでには動物愛護団体からの猛烈な殺処分反対運動が展開され、ネット上でもさまざまな意見が飛び交っていました。私の意見を記事にして掲載しようと思っていたのですが、現在新たに記事を書いている余裕がないので、1ヶ月前にいただいたメールの内容とそれに対する私の返信を掲載しておくことにします。

 今回、イヌの安楽死について、「可愛そうだ。」と思われる方は大勢いると思いますが、このようなことは人間が動物をその管理下においている限り、再び起こりうることです。人間と動物の両方に感染する人獣共通感染症については、家畜伝染病予防法や狂犬病予防など法律の定めるところにより措置を講じなければいけません。そこに殺処分に該当する動物がいる限り、その動物は法律の定めを免れることはありません。人間が人間社会のために作った法律により、人間が管理している動物もその影響下にあるのです。殺処分という法的定めから人間の管理下にある動物を逃してやりたいのであれば、ペット初め、まずは動物を管理することを人間が止めるしかないだろうと思います。でも、現状では無理そうですよね。
 前置きが長くなりましたが、この辺で。


以下、いただいたメールとそれに対する私の返信の内容---------

○○ 様

 初めまして。「動物のお医者さんが見てきたこと」のサイト管理人です。私の稚拙なホームページをご覧いただきありがとうございました。
 さて、ご質問の件ですが、家畜伝染病予防法という法律があり、当然行政はこれを遵守する必要があります。家畜伝染病予防法にはブルセラ病に関しても規制がありますが、ブルセラ菌種別に定めているものではありません。brucella canisも人への感染が起こりうると判断されたならば、当然それを防ぐ義務が行政にはあります。
 専門のチームが行政に治療を申し出て…ですが、行政はこれらのチームにより更に菌が広がる可能性を危惧しているのかも知れません。イヌのブルセラ病はこれまで珍しいものでした。が、この病気が世間に知れ渡った今、自分が飼育するイヌに似た兆候があれば心配して検査を依頼する人が増えるでしょう。そして、検査の検体数と精度が上がったことにより、brucella canisが見つかった場合、大阪府はこの事件のイヌたちの処分が遅れたことによる感染拡大だと責められかねません。

 大阪府がどのように考えているのか、教えていただいたサイトは殺処分反対派の方に書かれたものであるので分かりませんが、専門のチームと言っても、現在の責任は行政にあります。行政もそのチームに一任できない理由があるのではないでしょうか。それ次第ですが、私は行政の殺処分という判断を一概に責めることはできないと思います。

 以上、個人的な意見ですが、参考までに。


----- Original Message -----
Sent: Wednesday, April 18, 2007 3:06 PM
Subject: ホームページより


> ------ yourname ------
> ○○
> ------ address ------
> ××@×.×.jp
> ------ S1 ------
> こんにちは。初めまして。○○と申します。
>
> 「きっこの日記」から来ました。
>
> まだ全部は読ませていただいてないのですが、動物の愛護について書かれていたので、今、ネット上で問題になってる(大阪のローカルな話題ですが)「ブルセラ症陽性犬全頭殺処分」についてご意見をお聞きしたくメールさせていただきました。
>
> http://living-with-dogs.com/modules/xfsection/article.php?articleid=1089
>
> こちらはどちらかと言うと反対の方の記事です。
> しかし経緯はわかっていただけるのではないかと思い、ここのリンクを紹介させていただきました。
>
> 最初に私は基本的には仕方ないと思ってますが、せっかく府が「救援本部」を立ち上げてくれた画期的な事でしたのに、治療もされず殺処分されようとしている事にはずっとモンモンとしています。
>
> ブログで一般人のボラだった方が「殺処分賛成」を謳い、それがネット等で賛成派反対派と言われ、反対派に罵倒する2ちゃんねるの方達とかいらっしゃり、どうも最近は「ブルセラ=殺処分に等しい感染症」なのだと思ってるような意見をちらほら見かけるようになったのです。
>
> まるで他の犬には感染症など無い様に。少し恐くなってきています。
>
> うまく書けませんが、自分の犬にそのような兆候(ブルセラでは流産、死産だと聞いています、他、感染症)が起こった時に、きちんとして予防と治療によって防ぐ事ができるのにそのような目で見られ、飼い主共々散歩も行けないような被害が起こるのではないかと心配しています。
>
> ちょっと大げさかもしれませんが。。。。
>
> 私の意見は稚拙なものですし、参考にならないかもしれませんが、先生の行政による府のブルセラ症殺処分問題にご意見をお聞きしたくメールさせていただきました。
>
> もしお時間ありましたら、お返事いただければと思います。
>
> もちろん、そのご意見を勝手に転載などしないとお約束致します。
>
> Local Time: 2007/4/18/15:6

メールやりとり内容ココまで---------------------


本件に関する経過について参考サイト:
大阪府ブルセラ病感染犬等救援本部
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by fussyvet | 2007-05-28 11:20 | 動物

こんな私でもいい

 久しぶりにクリスチャンネタ。しばらく信仰に関することを書いていなかったのは、動物の問題について集中したかったせいもあるけれど、それよりも、どうも自分は他のクリスチャンの人とは違っていて、およそクリスチャンらしからぬ人間で、もしかしたら私はクリスチャンと呼ばれるものではないのかも知れないし、クリスチャンだと自分を語ってはならぬような思いにも駆られていたから。クリスチャンだからこうあらねば、クリスチャンのくせに、そんな言葉で内外から束縛されているようで、そんな生き方もイヤになってきていたから。けれど、昨日の礼拝の説教で呪縛から解放されました。本当に神様はタイムリーに言葉を送ってくださる。

「神様はあなたが良い人間だから救って下さったわけではありません。」
「『クリスチャンだから』『クリスチャンのくせに』という言葉に縛られることはないのです。」

 私が神様を知ることができたのは、私が良い人間、クリスチャンらしい人間だからではないのだ。考えてみれば、そうだ、そのとおりだ。私が素晴らしい人間であるわけないし、そんなことを思うのはおこがましい人間だと自分で言っていたではないか。ああ、よかった。今日の日に礼拝に出られてよかった。

 今の牧師さんは3月に東京聖書学院を卒業したばかりで、4月から赴任していらした女性です。我が教会は昨年度1年間牧師さんが不在でした。若い先生だし、頼りになるかな…と思っていたのが大違い。本当に落ち着いている。私なんてダテに年取ってるなと思わされる。彼女には本当に神様が働いていることが分かる。
 連休中に体調を崩して、この牧師さんの証詞が聞けるはずの信徒大会に出席できませんでした。聞きたかったのに…。でも、これも別の良き機会を神様が与えてくださるということだろう。新しい牧師さんを迎えて嬉しい我が教会です。幸あれ!皆様にも。
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by fussyvet | 2007-05-07 13:03 | 神様を愛してる

オーストラリアで駆除されるカンガルーの殺し方

 以下のリンクはアメリカのカリフォルニア州においてオーストラリア産カンガルー皮の販売を許可する法案の通過を阻止しようという活動をしているアメリカの動物愛護団体のページです。リンクをクリックするだけでは動画は始まりませんが、ページに含まれている動画はオーストラリアでのカンガルーの駆除方法を撮影したもので、最初にハンターがカンガルーを撃ち、倒れたカンガルーに近寄ってその袋からまだ生まれて間もない赤ん坊を掴みだして地面に叩き付け、足で踏み殺しています。そのハンターが連れている息子と思われる小学生くらいの男の子もその大人の真似をして、その踏みつけられた赤ん坊のカンガルーを去り際に踏んづけています。次の場面では、またカンガルーが撃たれて、今度は少し大きくなったカンガルーの幼獣が袋から無理やり出されました。これ以上、私は見るに耐えられず、慌てて動画を停止させました。続きを見た人によれば、私が見た場面が一番残酷で、その後は皮を剥がれたカンガルーの映像などが続いたそうです。
 私は動物を利用するとしても、最低限の苦痛の削減をしてやらねばならないと思っています。また、動物福祉の観点から幼獣は保護してやらなくてはならないと思っています。母親を亡くしたことによるストレスの大きさを考えたら仔は安楽死させてやった方が良いと考えられる場合は、必ず「安楽死」に当てはまる方法で息を引き取らせてやらなくてはなりません。その観点から見ても、死んだ母親の袋から無造作に取り出されて踏み殺すやり方は全く賛成できない、許容できない行為だと思います。
 この現状を見て、こんなやり方で殺されるカンガルーを増やしたくないと思われた方は、リンク先の署名に協力してあげて下さい。

Take Action: Save Kangaroos From Slaughter--Stop SB 880!

 参考までに上記リンク先を和訳を掲載しておきます。文中「SB880」というのは、法案を表す記号です。

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カンガルーを虐殺しないで-SB880を阻止しよう!

 カルフォルニアで法案が成立すれば、カンガルーは危機的状況に陥ることになる。上院法案880は、1970年以降同州で禁止されていたカンガルー皮の販売を合法化するものである。
 オーストラリアでは毎年何百万頭ものカンガルーがその皮を取るために射殺されている。オーストラリア政府の行動規約によれば、親を亡くしたカンガルーの幼獣および損傷を受けた成獣は首を切るか、頭部を素早く殴打して”脳を損傷”して殺されなければならないとされている。袋の中に赤ん坊を抱えた母親のカンガルーがハンターに殺された場合、その袋の中の赤ん坊は死んだ母親の体から引っ張り出されて踏み殺されるか、苦悶したまま放置される場合が多い。
 今や経済的需要を満たすだけのカンガルーはいないため、カリフォルニアにおけるカンガルー皮の販売が許可されれば、種の存続を脅かすことになる。オーストラリア政府の統計によれば、カンガルー人口は減少し続けており、10年以上最低頭数を記録している。SB880が絶滅危惧種ではないカンガルーから取った皮の販売だけに限定したものであっても、通常ハンターは夜間にカンガルーを殺すため、射殺前にそのカンガルーが絶滅危惧種ではないことを確認する作業を逐一行わない。カンガルー皮の需要増加によりオーストラリアで減少するカンガルー数はますます危険に曝されることになる。

 カンガルーはあなたの声を待っています。SB880の通過を阻止してカンガルーを守るため、カリフォルニア観光局へ手紙を送り、法案が通過すればカリフォルニアへ行かないことを告げて下さい。カンガルーは、動物全てがそうであるように、敷物やハンドバッグやジャケットや靴ではなく、虐待や不必要な死から守られる価値があるものです。
 どんな場合でも個人の手紙が最も有効です。下記の文章を利用していただいて結構ですが、メッセージや件名を自分自身の言葉で書いた方がより影響力があります。
 カリフォルニア在住の方はここをクリックして下さい。


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by fussyvet | 2007-05-07 10:38 | 動物

第6回国際動物実験代替法会議

 学会事務局から8月に日本で開催される国際動物実験代替法会議のポスターを送付されたのですが、近くに掲示するところがないのでブログに掲示しておきます。画像をクリックすれば拡大され文字も読めますが、書いてあるとおり、一般市民のための公開シンポジウムもありますので、ご興味ある方は是非ご参加下さい。日本語の通訳がつくかどうかは定かでありませんので、ご了承を。海外の講演者には通訳がつくそうです。
公開シンポジウム:8月25日土曜日午後 無料
第6回国際動物実験代替法会議公式ホームページトップ
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by fussyvet | 2007-05-06 20:02 | 動物

悲しき暴言

 つい最近、全く無縁だろうと思っていたmixiなるものに入ることになった。閉鎖的な世界なので、自分が関係のある人と最小限のコミュニティにしか関わるまいと思い、いくつかの誰でも参加できる動物問題関係のコニュニティに登録した。その中でカナダの赤ちゃんアザラシ猟に絡んだトピックがあり、こんなやりとりがあった。
「『猟をしている人間に間違って棒が突き刺さればいいのに。そしたらアザラシ猟が中止になるかも知れない。』と 思うのは私だけでしょうか?」
「思っちゃいますよね~。私も船が沈んだらいいのに…って思ってたところです。」
読んだ瞬間、ぎょっとした。
 そういえば、先日は別の動物愛護活動家のブログで食肉に関する記事のコメントに、「と殺業者が心を取り戻さない限り」というようなフレーズがあったが、私はこれにも頭を悩ませた。と畜場で働く多くの者は動物を殺すのが好きで行っているわけではない。
 各々をもう一度書いてみる。
“猟をしている人間に間違って棒が突き刺さればいいのに“
“と殺業者が心を取り戻さない限り”
どう思われただろうか?多くの人は読んだ瞬間引くのではないかと思う。「だから、動物愛護は…。」と思った人もいるかも知れない。
 動物たちの苦痛に満ち満ちた映像を見たのだから、それらに直接手を掛けていた人間に対して瞬間的に憎悪を感じてしまうのも理解しないではない。しかし、もしも動物に関する諸問題に取り組んでいる人たちのほとんどがこれらの言動におかしさを感じないのなら、私は動物愛護運動、ひいては動物たちに未来はないと思っている。一般大衆から“引いて”しまわれる思想に何人が関心を持つようになってくれるだろうか?
 こんなぎょっとするような言葉を吐く人は一昔前の話で今はもういないと思っていた。それを覆されて余計に落胆した。それでも今は感情にばかり振り回されて一部の人に心無い言葉を吐くようなことをしない“普通の人たち”が己の中の悲しさと悔しさに負けずコツコツと活動している姿を多くみるようになったと私は思っている。動物の痛みも人間の痛みも分かる人たちが日々の中でできることをしていく、そんな退屈で無益に思える活動でしか動物たちの無駄な犠牲と苦痛を確実に減らしていけない。
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by fussyvet | 2007-05-05 22:26 | 動物