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画一化することが差別につながることになぜ気付かない

高校教科書検定:父子・母子家庭に意見相次ぐ-教育:MSN毎日インタラクティブ

 05年度の高校1年用家庭科教科書の検定で、父子・母子家庭に触れたり、ペットを家族とする記述に、意見が相次いだ。これらの記述をした複数の現行教科書に対し、一部の国会議員が「これでは“家庭崩壊科”」と非難する動きがあり、01年度の前回検定から一転して「逆風」にさらされた形だ。編集者からは「現実にさまざまな家族形態があり、選択肢を示しているだけなのに」と戸惑いの声が上がっている。

 教育図書「家庭基礎」の申請本には「自分の家族観」の項目で、ロックバンドGLAYのリーダー、TAKUROさんのコラムが掲載された。父親が亡くなり母、姉と生きてきた中、「父親がいないことを、不満に思ったりした形跡はまったくない」とのくだりがある。このコラムに対し「さまざまな家族形態を考えるページの中で、親が1人の家庭の記述が目立つ」との理由で検定意見が付いた。修正でこのコラムはなくなり、「CMの家族像」と題した父子・母子家庭には触れない内容に差し替えられた。

 ペットを家族とみなす記述にも意見が付いた。開隆堂の「家庭基礎」「家庭総合」の申請本に掲載した「次にあげる関係を家族と考える?」の例示のうち、修正後は「愛情を込めて育てているペットと自分」との記述が削除された。この記述は前回検定で意見が付かなかったが、文部科学省は「家族は通常人間と考えるべきだ」と説明している。

 家庭科では、前々回の96年度検定で、家族からの自立に焦点を絞ったり同性愛カップルに触れたりした申請本4点が不合格になったが、前回の01年度検定からは一転してこれらの記述が認められ、不合格はなかった。

 一方、昨年、参院議員が国会で「浮気をする権利を教えている」「祖母は家族ではないのに、ペットは家族と考える人もいるとの記述がある」と特定の教科書を非難するなど、家庭科を取り巻く状況は変化している。

 96年度検定で不合格となった東京都内の出版社の編集者は「前々回に比べ前回は全般に基準が緩かった。しかし今回はまた厳しくなり、改訂していない記述にも意見が付いた。これも社会情勢の変化なのか」と話す。別の出版社の編集者は「今回、調査官は離婚や一人親の記述に敏感だったと感じた」と話している。【長尾真輔、種市房子】

 ◇多様な家族が実在

 若桑みどり・千葉大名誉教授(ジェンダー文化論)の話 文科省は「家族とは両親がいて子どもがいるのが“正常”」との観念に立っているのではないか。実在する多様な家族形態の中に生きる父子・母子家庭の子どもの存在を消し去ることには納得がいかない。

 ◇選択肢提示が役割

 山田昌弘・東京学芸大教授(家族社会学)の話 「家族はこうあらねばならない」と示しても教育効果はない。ペットを家族だと思う人が多いことは数々の調査で判明しているし、小泉純一郎首相も離婚している。現実を示して、実社会で幸せになるための選択肢を示すことが教科書の役割ではないか。

 ◇安楽死・尊厳死 検定意見が付く

 高校教科書では、公民を中心に安楽死・尊厳死問題が掲載されている。いずれも重要な認定要件である「患者の意思表示」が欠けた記述に対しては、「不正確な説明」との検定意見が付いた。

 「安楽死・尊厳死」は現代社会、政治経済、倫理を中心に登場。このうち実教出版の現代社会の申請本では「投薬などによって、患者の死期そのものを早めてしまう安楽死」とした。この記述は改訂していなかったが、今回は検定意見が付き、「患者本人の意思に基づき、投薬などによって死期そのものを早める安楽死」に修正された。同様に、山川出版社、教育出版、第一学習社が修正で「患者の意思表示」を記述に入れた。【種市房子】

毎日新聞 2006年3月29日 19時06分 (最終更新時間 3月29日 19時09分


 > …父親が亡くなり母、姉と生きてきた中、「父親がいないことを、不満に思ったりした形跡はまったくない」とのくだりがある。このコラムに対し「さまざまな家族形態を考えるページの中で、親が1人の家庭の記述が目立つ」との理由で検定意見が付いた。修正でこのコラムはなくなり、「CMの家族像」と題した父子・母子家庭には触れない内容に差し替えられた。

 「さまざまな家族形態」で多いのが父子・母子家庭ではないのだろうか?それでもそういう家族が社会の許容性の無さから口惜しい思いに身悶えすることが多いから、両親がいれば「普通の家族」ってわけじゃないんだよってことを教育でも教えようとしていたんじゃないの?それをア○な古ぼけ国会議員が物申したなんて、本当にこの国の未来に悲嘆する。不倫を助長するような記述ならともかく、片親が亡くなった場合のシングルファーザー・マザーについてまで”消したい”のか?離婚だって、喧嘩ばかりして憎悪に満ち溢れた両親の下で育てられるよりも、別れても互いの意志を尊重しながら生きていく、そんな家族の下で育った方が幸せな場合だってある。家族なんて、「一つ屋根の下」っていう互いの距離が近ければいいってもんじゃない。家族に限らず何でもそうだけど、「こうあるのがいい」っていう他人の余計なお世話的思いが、どれだけ人を傷付けることか。
 「祖母は家族ではないのに、ペットは家族と考える人もいるとの記述がある」って非難するバ○もいるって言うけど、自分のお母さんをいじめる姑よりも伴侶動物が好きって子供もいるだろう。家族は血じゃない。愛情の対象は周囲が無理やり特定の”あるべき”ものに向けようとしてできるものじゃないし、そうすべきではない。どこのどいつ・・・いえ、どの国会議員様がそんなことをのたまっているのか知らないけれど、そんなんが選挙で選ばれるような国、つくづく嫌気がさす。
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by fussyvet | 2006-03-30 09:24 | 家族

もう気分は最悪

小3男児転落死は殺人か 川崎市多摩区のマンション [ 03月29日 23時34分 ] 共同通信

 川崎市多摩区のマンション(15階建て)で20日、転落して死亡した入居者の小学3年の男児(9つ)について、神奈川県警は29日、殺害された可能性が高まったとして多摩署に捜査本部を設置した。
 男児が転落したとみられる15階通路で同日、女性(68)が男から突き飛ばされる暴行事件が発生し、捜査本部は男児も事件に巻き込まれた疑いが強いと判断、男児転落と男との関連を捜査している。
 調べでは、男児は下校後の20日午後零時50分ごろ、マンションから転落するのが目撃された。転落の直前、入居者がエレベーターを15階で降りる男児を見ており、同階通路には男児のランドセルがあった。


 出産してから特にかも知れないけれど、とにかく子供が巻き込まれる事件が近頃目に付いて仕方がない。そのたびに母ネコ(私)は落ち着かなくて、イライラそわそわしてしまう。本当に不安定な世の中、私の心と同じくらいに・・・。
 こういう理不尽な事件が起こるたびに犯人を殺してしまいたいくらい憎いと思ってしまう。弱いものを手にかけることでしか自分の存在意義を守ることができないような病的心理状態に、人一人を追い込む社会が歪んでいるのだから、犯人個人に怒りをぶつけても仕方がない・・・と理解していても、である。もし、我が子がこんな理不尽な犯罪に巻き込まれたなら、私は犯人を許せない。そして、多分その背後にあるこの国の社会の歪みへの怒りを持ちながらも、まず犯人を憎むことで紛らしてしまうんだろう。そして、犯人が罰を受けて私の心が少し落ち着いた頃に、社会への憎悪を滾らすのだろう。その時、私はどうしているだろう?生きていられるだろうか、そんな中で。いずれにしても、きっと苦しみは終わることがないだろう。
 多分、犯人が捕まったとしても、その経過を報道してマスコミはおしまい。どうしてそんなモンスターが生まれたのか、そいつの生い立ちやその後の生活環境にどんなことがあったのか、そんな分析を徹底的にしないまま、また次のモンスターをこの国の社会は育てていくのだろう。そんな終わりのない人間の負の世界に息子をいずれ放たなければならないのかと思うと、本当に居ても立ってもいられなくなる。犯人を捕まえて、罰して、そしてそのモンスターを生んだ社会も罰して欲しい。社会を罰するというのは、そいつの生い立ちや周囲にあった負の原因を分析して、それがなくなる社会にしていって欲しいということだ。マスコミやお国や教育者など特定の職業の人だけでなく、我ら一人ひとりがしなくちゃいけないってことだ。人一人の一言で、人一人を深く傷つけ、その傷の膿からモンスターがむくむく生まれてくるってことを誰しも肝に銘じなくちゃいけない。

 ああ、マタニティブルーも手伝って気分は最悪だ。なんか幸せになれるニュース、探さなくちゃ。・・・探してもなかなか見つからないや。
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by fussyvet | 2006-03-30 08:30 | こうして社会は回ってる

コピペは意見か?

 先日、環境省の「動物の愛護及び管理に関する法律」改正におけるパブリックコメント後の会議があり、それに出席した近しい獣医から聞いたことだが、パブリックコメントでは句読点まで一字一句同じものが多数寄せられていて、お上も頭を悩ませているという。明らかにどこかのサイトからコピー・ペーストした文章をそのままパブリックコメントに送ってる人と、それを推奨している人がいるわけで、きちんとした意見を募集しているのにそんなことをしていたら、動物愛護運動に対する信頼性も本当に損なわれてしまう。パブリックコメントは、どれがいいかを選ぶ”投票”ではない。それなのにコピペを許容し、さらに推奨する者はサイバーテロリストと言われても仕方がないだろう。コピペの推奨は何もウェブ上だけに限ったことではなくて、メーリングリストなどのメールツール上でも同じこと。私は多分コピペで送る人がいるだろうと踏んで、敢えて自分の意見をブログに載せなかったけれど、載せる人は必ず「自分の意見に修正し、自分の言葉で書くよう」注意事項も載せないとダメなんでない?
 なんて全く同じことを研究者とかも自分たちのメーリングリスト使ってやっていたら、笑止千万だけれど。有り得るほどレベルの低い人が研究者にいるから困ってしまう。

 その環境省の会議で、やはり産業を全く無視した「動物の権利論」については危惧感が抱かれていることが分かった。動物の権利を主張していけば、突き詰めれば、畜産業は廃止、当然それを餌にするイヌ・ネコも飼えないことになる。私個人の夢は全ての動物が人間の管理下から逃れられることだけれども、それは今のところ不可能だということも分かっている。何度も言っているけれども、動物の権利だけ主張していてもダメだ。消費者の意識ととりあえずペットや畜産動物を含めて今現在人間の管理下に置かれている動物の福祉が先である。それらのことは国の役人も当然分かっていることなのだということを実感した。やっぱり自分たちの原罪を振り返らずして「動物の権利を!」と叫んでいても仕方がないんだよ。
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by fussyvet | 2006-03-27 14:36 | 動物

万人に受け入れられるためにどうすればいいかを

 ある動物愛護のサイトを見ていたら、”相性動物”なる言葉が出てきた。初めて聞いた言葉だったので検索してみたが、占いに関するサイトしかヒットして来ない。そこには、動物には相性動物というものがあって、ワニやカバにとっては鳥がそれで、ワニやカバは鳥を食べないとあった。どうやらその人の造語であって、共生と混同しているように思った。そして、その続きに、ヒトにとってはイヌが相性動物だから食べてはいけないのだとあった。
 人間にとってイヌが相性動物だというのは、その人の主観であって、その人だけの価値観に由来するものでしかない。イヌを闘犬や使役、見世物に利用している人間もいる。そればかりでなく、愛玩動物としてのイヌですら、その従順性やかわいらしさを人間が利用しているものだ。尤も愛玩動物は人間に精神的快楽を提供する代わりに生活を保障してもらっていれば、それは共生に当たるのかも知れないが、要はイヌを”相性動物”と捉えるのはごく一部のヒトだけだということだ。そのヒトたちには”相性動物”という言葉で犬食反対の声が響いて返ってくるかも知れない。が、残念ながら、世の中にはイヌ嫌いの人も多い。そんなヒトたちには”相性動物”というイヌ好きの価値観から出た言葉は全く説得力に欠けた、寧ろ押し付け甚だしいものとしか捉えられないのだ。
 「貧しい国の人たちを助けましょう」「内戦で苦しむ子供たちを助けましょう」という言葉には、彼らから搾取している少数人以外、かなり多くの人の心に響く。けれど、「動物を助けましょう」と言ったところで響かないのは動物を利用していない人間はいないから、利用しながら何を今更という感情が働くためなのだ。更に動物嫌いもかなりいる。”それでも”助けたい理由がなければ白けて誰も相手にしてはくれない。動物愛護運動が万人に受け入れられないのは、そこなのだ。
 いつもいつも主観的、一方的価値観に満ち溢れた言葉の羅列を見るたびに、本当に落胆する。動物を現状から助けるためには、多くの人の助力、関心が必要だ。そのために、本当にどうしたらいいのか、いつも対岸には動物が嫌いな人たち、動物を利用して生きているほとんどの人たちがいることを頭において、それでもその動物の現状を回復してやりたい説得力ある理由をもっともっと深く考えて欲しいのだ。今のままでは浅すぎる。厳しく言えば、稚拙過ぎるのだ。軽い考えは馬鹿にされるだけ。その人が馬鹿にされるのではなくて、動物が馬鹿にされ、現状を脱却できないのだと思って欲しい。
 最後に、私は犬食については、動物の福祉から考えるしかないと思っている。
 それから、リンク先は言葉を選んで書かれているところを選んであるつもりです。きつめの論調で書くと、心優しき人たちがどっきりするといけないので念のため。
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by fussyvet | 2006-03-23 07:53 | 動物

考えてみれば、国も企業もやるわけがない

 前記事で、「大規模な統計調査等はないものか」とつぶやいたが、そんなことは国も企業も絶対にしないだろう。もし、ワクチンに含まれる水銀と疾患との関係が有意に分かった場合、そもそもどうして水銀を含む防腐剤の使用を許したのかと国も企業も責任を問われることになる。そんなリスクを背負うより、現段階では「ワクチンに防腐剤として含まれている水銀が特定の疾病発生と関係があるとは言えない。」ままで置いておき、のらりくらりと水銀濃度を減らしたり、水銀フリーのワクチン開発をしていった方が彼らにとっての損害が少ない。この問題はまだ論争が収まっていないし、アメリカで起こされた訴訟の判決も出ていない。科学的に否定も肯定もできないままに司法が判断できるのか、すべきことなのかとも思う。
 結局、国も企業も科学者や医師ですら、自分たちに都合の悪い結果は忌避するものだから、現段階では惑う親たちが自分と自分の子供たちのためにどちらが良いか選択して、自分たちを守るしかないのだ。私自身としては、水銀フリーのワクチンが開発されるかも知れないし、時間ある限り調べて子供の体重が増えるのを待って、どうしても接種せねばならない時が来たなら接種させようと思っている。それが現段階で母親個人として水銀の悪影響からも感染症からも子供を守ってやれる最善の方法じゃないだろうか。
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by fussyvet | 2006-03-22 07:59 | こうして社会は回ってる

子供の予防接種-母親として迷うこと

 私は、ある英語のメールマガジンを取っていて、毎回アメリカ人女性が綴る英語のコラムを読んでいるのだけれど、ある回で、彼女が「私がワクチン接種を受けない理由」なるタイトルで、ワクチンとその中に含まれる水銀について書いていた。以来、ずっと記憶していて、自分の子供が受ける時にはその時考えようと思っていたのだけれど、ついに考えなくてはならない時になってしまった。
 ワクチンなんかにどうして水銀が含まれているのかというと、防腐剤として使われているからで、アメリカで問題になって以来、日本でもその含有量は減ってきているけれど、製造コストの問題で不使用にはなっていないらしい。近頃、食べるものについては、妊婦はマグロを食べ過ぎるなだとか、水銀摂取についていろいろ言われているのに、そう言われている経口摂取量よりも高い濃度の水銀量をワクチンから血中に取り込むことになるのだとも言う。論文を自分で調べてみたけれど、結局今は日本には水銀が含まれていない三種混合ワクチンは手に入らないし、母親として私自身が選択するしかないことになる。3ヶ月齢で接種するBCGは水銀フリー。が、その後の水銀が含まれている三種混合はよりによって、3回も立て続けに接種し、更にはもう1回、また忘れて頃にもう1回接種しろという。息子は同月齢の平均体重より小さい。摂取量は体重比で見る。つまり、体重が少なければ体重比で取り込まれる水銀量が多くなる。できるだけ体重が多い時期に接種すべきとか何とかいうけれど、結局は百日咳等感染のリスクを背負うか(接種しない場合)、水銀接種のリスクを許容するかの選択を迫られることになる。日本では、「ワクチンに含まれる水銀により・・・明らかな証拠はない。」というけれど、全く疾患との関係がないという証明も同じようにない。動物実験も行われているのだろうけど、信用できる大規模な統計調査でも行われなければいけない。が、メーカー側などが嫌がるだろうし、当てにならない。そんなのを待っているうちに、4ヵ月後には私は母親としての選択をしなくてはいけない。できるだけ月齢を遅くして接種させようと思っているけれど、不安は尽きない。危害が疑われて現段階で否定も肯定もできない事象について、てっとり早くマウスに摂取させて結果が出る動物実験よりも、大規模な統計調査等はないものか、つくづく思う。

チメロサールとワクチンについて・・・横浜市衛生研究所
予防接種のワクチンに有機水銀
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by fussyvet | 2006-03-21 08:04 | 家族

ちょっとした罪悪感

昼下がり、
私のひざの上で幸せそうに眠る息子を起こすのがかわいそうで、
そのまま3時間何もせず過ごす時間。
働く夫に対するちょっとした罪悪感。
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by fussyvet | 2006-03-20 18:27 | 家族

どうしようもない弱さ

 今夜は夫が宿直でいない。そんな中、数日前からあった息子の指先の傷がひどくなっていることに気付き、居ても経ってもいられない。冷静に客観的に判断すれば、どうすればいいか、分かるはずのものでも、ダメなのである。今またちょっと私脆くなっている。
 明日一番で病院へ連れて行こうか、明後日宿直明けの夫の代休を待とうか、そんな判断を下すことさえ不安になる。少し客観的になれば判断できるはず。動物と人間の差はあれ、基礎医学を学んだ獣医である。それであるのにこのざまだ。
 どうしようもなく弱い。アメリカの医療ドラマで、優秀な外科の女医が、自分の娘が重症になった途端、冷静な判断を下せなくなった場面を思い出す。大事に至らない傷かも知れないけれど、今この一分一秒を待っているのが辛い。明日の朝、ひどくなっていなければいいが。
 忙しい夫にすがれない。こんな時、本当に神に祈るしかない。助けて助けて、神様、私を助けて、息子を守って。弱い弱い私をもっともっと強い母親にして下さい。助けて助けて、神様、私を助けて、息子をあらゆることから守って下さい。私をもっと強い者にして下さい。
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by fussyvet | 2006-03-15 00:26 | 神様を愛してる

猿害の報道番組にて

 先日、テレビの報道番組である地方都市での猿害について報じていた。その都市を囲む山には猿の群れがいくつかあるのだが、その中の特に一群が住宅街に住み着き、我が物顔で闊歩し、住宅に侵入し、そして人間を襲うなど被害を与えているというものである。実害にあっている住民はその都市の自治体に駆除を要請し、自治体は都道府県に駆除のGoサインを出すよう願い出たが、聞きつけた動物愛護活動家や他の都市の一般市民から駆除以外の解決策を求められ、どうやらその都道府県がGoサインを出せずにいるらしい。

 その件に絡むシンポジウムの場面が出てきたが、興味深いやりとりがあった。

駆除反対者 「人間の姿かたちに近い猿を殺すことを子供たちがどう思うでしょうか?」
住民A 「その子供たちが襲われて怪我をしたりしたらどうするんだ!」
住民B 「動物愛護団体は牛や豚を食べんのか?いっつもそう思うわ。」
駆除反対者 「私は牛や豚を食べますが、猿は食べません!」
住民C 「何にも分かってないくせに!」
住民D 「もう出て行ってもらえ。」

「牛や豚を食べる」と言ってしまった時点で駆除反対の意見は一気に説得力を失った。「私」は猿を食べなくても猿を食べる人もいる。結局は自分がどの動物種に思い入れをしているか、そしてその動物種を守ることとその動物種による実害を駆除により解決を試みることとどちらを取るのかの選択だろうと思う。身に迫っている住民としては当然即時解決できそうな駆除を望む。実際に即時駆除がどれだけ有効なのかどうかはやってみなければ分からない。
 この猿たちはもともと観光の呼び物にと野生の猿を餌付けしたのだが、その餌付けされた猿の子孫だとその報道番組の中では言われていた。それが本当だとすれば、人間の責任で猿に罪はない。個人的には山に戻してやるべきだと思うが、それが果たして可能かどうか。動物を利用することと、後世にどんな悪影響が出るかを予想することができないのならば、簡単に利用するべきではない。この問題の元となった観光のための餌付けをしていた時代は、とにかく経済力をつけることが最優先されるべき課題で仕方がなかったのだろうけれど、こういう問題を踏まえて検討することが可能な現在、同じような問題で同じようなやりとりが数十年後にもまだ繰り返されているようなことだけは避けるべきである。
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by fussyvet | 2006-03-13 23:55 | 動物

それをさせないような・・・

 実験動物医学会のある講習会で、医師であり、研究者である講師が動物実験反対を掲げるホームページをスライドに載せて言った。
「おなじみの”チクリ”サイトです。」

 そのホームページが本当に内部告発に基づく内容を掲載しているのかどうかは知らない。獣医として動物をさんざん利用してきた私が言うのも何だが、だったら、チクラされないような実験をしたらどうか?チクラされないような動物管理をしたらどうか?チクラされないような情報開示を行ったらどうか?私のような記憶を持つ者を増やしてくれるな。「それにしてもひどい。」と思うような内部の者を増やさないやり方をすればいいだろうに。
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by fussyvet | 2006-03-10 18:12 | 動物