<   2005年 07月 ( 13 )   > この月の画像一覧

依頼人に求める前に

 昔なじみの獣医仲間が言った。
「依頼人も獣医を選ぶ目を養う必要がある。」

 獣医師に関する情報は医師のそれと比べたら、うんと少ない。そもそも獣医師という職業についてすら、「動物のお医者さん」という漠然としたイメージでしかないのだから。
 そして、何よりも問題なのは、選ぶほど優秀な獣医師がほとんどいないという現状。私は獣医師仲間から情報を得て確認してから大学病院を選んだ。しかし、一般の依頼人が同じように情報を得て獣医を選択することは不可能だろう。依頼人が獣医を選ぶ目を養うためには、そのための情報が必要だ。そして、情報が得られても、結果的に当てになる獣医師が近くにいないのが現状だ。依頼人に求める前に、獣医師側が変わらなければならない。
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by fussyvet | 2005-07-31 10:03 | 動物

画像診断の難しさ

 実家のネコはかかりつけの病院で「アレルギーから来る肺炎」と言われた。レントゲン検査の結果、一部にそれらしき影があるとのことだった。ステロイドを服用し続けたが一向に良くならず、ついに呼吸困難になった。私は母にセカンドオピニオンを求めるため、そのネコが幼い時に診てもらったことのある獣医のところに行くように勧めた。
 その2軒目の獣医は獣医師会に入っていないアウトローであり、とても口が悪い。獣医師会が嫌いな私はアウトローであろうが口が悪かろうが、腕には関係ないから行ってみたら良いと勧めた。過去にそこでは、他院で体重も測らずに寄生虫駆除薬を接種された実家のネコが助けてもらったこともあるし、私の子供の頃に飼っていた小鳥を診てもらったこともある。公務員を辞めた知り合いが代診をそこでしていたこともある。そんな背景もあって、私はセカンドオピニオンをそこに求めるよう勧めた。
 呼吸困難であったにも関わらず、実家のネコはそこで押さえつけられ、造影剤を投与され、X線撮影された。そして、「横隔膜へルニア」だと言われた。横隔膜へルニアなら手術が必要である。しかし、状態が悪くてできないと言われた。横隔膜へルニアなど外傷や先天性でない限り、とても珍しい病気である。私は疑問を持った。そこの獣医は私も獣医であることを知っていた。そして、自信満々にデジカメでそのX線画像を撮影して私に送ってやればよいと母に言った。そして、母は私にその画像を送ってきた。
 臨床獣医ではないが、横隔膜へルニアの画像は頭の中に入っているつもりである。送られてきたその写真は画像の悪さを差し引いても、横隔膜へルニアを示しているようには見えなかった。その代わりに肺の陰影がやはりおかしい。その日は土曜日であった。
 横柄な2軒目の獣医のことを父は大嫌いである。そんな父の意向もあり、また私も直接的には知らないが、そこにいる知人達に内部事情を確認してから大学病院へ行くことにした。もう、気など遣っていられない。1軒目の獣医に寄ってX線画像を借り、大学病院へ父と母は走った。1軒目の獣医も私が獣医であることを知っている。ワクチン接種などネコがずっとお世話になっていたその先生の顔はこわばっていたという。ただならぬ気配を感じ取ったのだろう。あるいは自分の腕を疑われて自分の紹介状もなく大学病院へ走ろうとする依頼人にプライドが傷付けられたのかも知れない。
 そして、3軒目の病院である大学病院。内科の先生は1軒目で撮られた画像を見るなり、「肺の一部が膨らんでいる。破裂したら危険だ。ネコを急激に動かすな。」と学生を制した。実家のネコは腫れ物を触るように大事に扱われたと母が言う。そして、酸素室に入り、状態が良くなったところでX線撮影を再びすることになった。その日は入院し、その夜のことであった。夜の10時に母に電話が入った。「やはり片肺が破れていた。とても危険な状態だ。」と。
 それ以後は私が実家に帰り、大学の先生とも話をした。X線画像も見せてもらった。確かに1軒目の病院のX線画像は肺に黒く風船を膨らましたような影があり、昨晩大学病院で撮られた画像ではそちら側の肺が気胸になっていた。破れた箇所から出血しているかも知れない。とにかく肺はボロボロだった。そして、もう片肺も肺炎を思わせる如く白くなっていた。

 結局、1軒目のアレルギー性肺炎という見込みは間違ってはいなかった。けれど、肺の“膨らみ”を見逃している。2軒目に至っては「横隔膜へルニア」などと自信満々の誤診。私は臨床獣医師ではないので彼らを非難する権利はない。しかし、もっと個人病院と大学病院の連携があればよかったのではないかと悔しく思う。開業病院が地元の大学病院を嫌うことはよくある。理由はさまざまだ。
 そして、画像診断の未熟さ。人間の医者のように研修医制度が整っていない獣医の世界、一番基本的な診断ツール、そしてその読み取りさえ習得できないまま、臨床医になっていく者の何と多いことか。それが、現在の獣医の世界。そういう制度。「未熟者」と非難できない。なぜなら、現在多くの獣医師皆が同様に未熟だからだ。
 結局ネコは天に召されてしまった。失って悔しくて悲しくて仕方がない。ああ、悔しい。自分にも悔しいし、画像診断のできない獣医師にも悔しくて仕方がない。
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by fussyvet | 2005-07-28 16:23 | 動物

命日

 7月23日が猫の命日となった。その日の夜は一人部屋で涙が止まらなかった。
 皮肉なことに悪阻の辛さと日々の忙しさに紛れている。一晩泣いたが、その後は泣かずに済んでいる。このまま紛れて進めますように。
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by fussyvet | 2005-07-26 18:39 | 動物

無教会主義

 少し前から関心があった。私には無教会主義が合っていると思う。私を救ってくれた牧師さん、信徒の人たちには感謝している。命の恩人だ。が、最近、いろいろと追い込まれるに従って疑問も湧いてきていたことも事実である。
 昨日は、しばらく悪阻で礼拝に出席できなかったことを負い目に感じ、近くならば身体もしんどくないだろうと考えて、同じ兄弟教会に出掛けた。そこの牧師さんは悪い人ではないが、進化論と聖書を全く切り離して考え、進化論を否定するような説教にとても抵抗を感じた。ずっと思っていたことであるが、信徒は牧師さんの言うことを必ずしも全て信じ込まなければならないことはない。私を救ってくれた教会への奉仕はこれからも続けていく。けれど、私は少し旅に出ようと思う。機会があれば、いろいろな教会を見てみよう。どこにいても神を愛している。
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by fussyvet | 2005-07-25 20:33 | 神様を愛してる

類は友を呼ぶ-我が母校の場合

 指導教官は母校のOBである。最初は私が後輩だと知って目を掛けてくれた…と思っていたが間違いだった。同じ大学出の後輩に声を掛けるのは、コネを広げて”派閥”を作りたいがためであろうと今になって思う。
 指導教官は、我が母校の中でも最悪の教授が居た講座の出である。私がいた当時の教授は(現在も変わっていないが)腕も頭も悪いのに、虚勢だけ張って自分を守っているような軽蔑すべき人であった。そこの講座出の人が全てそうであるわけというわけではない。今の私の指導教官は、時折その母校の現教授のことを「やり方が悪い。」と非難することがあった。が、結局彼も同類であった。旧態依然としたやり方、自己中心さは何ら違わない。更に二人とも母校の同じ部活サークルの先輩後輩同士である。なぜか、母校のあの年代の獣医同窓生にはその部活出身の者が多いが、体育会系の勢いだけの単細胞封建的なやり方は、そこから来ているのだろうかと推し量られる。
 母校のその教授は、力のある教授の派閥にいたため、その教授が自分の味方を増やすために呼んだ。そんな理由で呼ばれただけだから、腕は救いようがないほどに悪い。他大学から来た院生が、その教授の執刀により皮膚壊死してしまった患畜を見ながら、「こんなのばかり見てるとイライラする。」と吐き捨てた。その院生が卒業した獣医系大学の方が腕は良かったのに、私はどうしてこの大学に来たのかと尋ねた。その院生の先輩は悔しそうに、「こんなひどいとは思わなかった。」と言った。大学の名前と中にいる指導者の実力が合っていなかった場合に、被害を被るのは何も知らない学生、そして大学附属家畜病院だからと頼みにして自分の愛する伴侶動物を連れてくる顧客とその動物たちである。呼んだ張本人の大教授は、その教授に向かって、「もっと腕を磨け。」と言ったらしいが、そもそも自分の派閥拡大のために、その器でないものを呼ぶな。お陰で、その教授より腕がよく、私が尊敬している助教授(当時)は、他大学へ出て行ってしまった。私たちにしてみれば、出て行って欲しかったのは教授の方。本当に残念で悔しかった。
 同じような人間が、次に同じような人間を呼ぶから、悪の連鎖はなかなか断ち切られない。大学名に惹かれて、年々高くなる競争率を突破して入ってくる若者を思うと気の毒でならない。社会全体に大学がすべき貢献を考えれば、個人のコネも派閥もクソくらえである。タヌキ親父の派閥主義=非実力主義、急にはなくならないと思うとイライラが止まらない。
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by fussyvet | 2005-07-25 19:21 | こうして社会は回ってる

心のごはんから

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悪阻で食べることもままならない私が唯一欠かさず食べているもの。これがないと飢えてしまう。

昨日のごはんはマタイ14:18「それを、ここに持って来なさい」。ないものを数えるのではなく、あるものをそのまま捧げよとの教え。けれど、小さい頃から金、親の愛に飢えている子供は神の愛で満たされるまでは、それらを求めてしまうだろう。誰しも他人はその子に「求めるな。」と上から咎めることはできない。神の計画の中の導きを以てしてのみ可能なこと。試しも諭しも生半可な他人がするものではない。もちろん、助け手として神に用いられる人はいるが、その人は謙虚な人であるべきで、決して大上段から構えた者ではない。傲慢な者は自分を正しい者と思い込み、そのような者を神は喜ばれないだろうから。
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by fussyvet | 2005-07-22 11:02 | 神様を愛してる

神様…

神様、お願いです。まだ、うちの猫を連れて行かないで下さい。
私のお腹の中の子の命とは引き替えにできませんが、
私が欲しい物、執着している物、今なら学位でしょうか、諦めます。
子育てが一段落したら、より良い仕事をと思っていることも諦めます。
その他、愚かな私が心の底で固執しているもの、それら何でも諦めます。要りません。
彼女を助けるために、最大限の努力を惜しみません。
だから、彼女を、私の母をはじめとする家族、そして私から、まだ連れて行かないで下さい。
彼女を今失った後の悲しみを思うと、耐えられません。
悲しみに沈む家族、彼女のいない実家の景色を想像すると、耐えられません。
まだ、心の準備ができていないのです。
もう少しだけ、今回の病気だけは治してやって下さい。
もう少しだけ、今回だけはどうかお願いです。見逃して下さい。

他の命と引き替えにされるというのなら、仕方がない、私を…。
でも、彼女を含め、他の家族の命はまだ見逃して下さい。
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by fussyvet | 2005-07-14 16:32 | 家族

獣医の地位と腕は一致しない

 アル中の震える手で、ただでさえ下手な思い込みの手術をしていた母校の外科の教授。あんなのには引っ掛からせまいと知人に腕の確認を取り、実家のネコを地元の大学病院に連れていかせた。即入院。大学病院だからと言って、それだけで信用してはいけない。ステータスは一流でも中の腕は三流なんてことは日本の獣医にはよくある。封建制がはびこる世界ゆえ。
 とりあえず、母が安心して信用できそうなので私も胸をなでおろした。今回の実家のネコ騒動で思うことが山ほどあった。まだ途中なので落ち着いたら徐々に書いていこうと思う。
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by fussyvet | 2005-07-11 15:23 | 動物

“恋人”から“夫”へ

いると五月蠅いけど、いないと何となく寂しい。夫がそんな存在になってきた。
「亭主元気で留守がいい。」
古いCMを思い出して笑ってしまった。
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by fussyvet | 2005-07-08 09:52

幸福論

ここ2日ほど
神様は幼い頃の父との良き思い出を思い出させてくれる。
小学校に上がるまでは私は父のことが大好きだった。
父の膝に座っていたこと、
パチンコ屋に連れていってもらったこと、
車の運転の真似ごとをさせてもらったこと、
欲しいおもちゃを母に拒否されたが味方になって買ってもらえたこと。

いつから狂ったのか、
嫌な思い出が一切を隠していた。
嫌な出来事があっても
よかったことがあったことは事実なのに…。

私は今も昔も幸せだったのだ。
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by fussyvet | 2005-07-06 01:38 | 家族