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色つき

 気分がどうにもすぐれず、早退。
 途中で「まさかね。ホントだとしてもまだ検査するには早いしね。でも、一応。」と思いつつ購入。
 一人帰宅し、一人試す。

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 不安と歓びと信じられない気持ち。
 彼にとりあえず、携帯メールで連絡。
 まだ、返信来ない。
「何、やっとんじゃあ~!」
と、かっての自由奔放、傍若無人の野良メスはイライラ、わくわく。
 ぬか喜びや空騒ぎに終わるのか?

 はよ医者へ行かにゃ。
 でも、まだ近くでどの医者がいいのか調べてありません。

 ほんとかな?
 はよ旦那、帰って来い。
 ほんとかな?
 いいのかな?
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by fussyvet | 2005-05-31 17:13 | 家族

社会的時効と罪

時効の元警備員に賠償請求 教諭の遺体埋め26年 [ 05月31日 12時38分 ] 共同通信

 26年前に東京都足立区の小学校教諭石川千佳子さん=当時(29)=を殺害したとして自首したが、時効のため不起訴となった千葉県の元警備員(69)と足立区に対し、遺族が計約1億8600万円の損害賠償を求める訴訟を31日までに東京地裁に起こした。
 この日開かれた第1回口頭弁論で、元警備員側は、時効による請求権の消滅を主張し、争う姿勢を見せた。
 訴状によると、元警備員は石川さんと同じ足立区立小に勤務していた1978年8月、校内で口論となり石川さんを殺害した。
 その後、遺体を同区内にあった自宅床下に埋めて住み続けたが、区画整理事業で立ち退きを迫られたため昨年8月、警視庁に自首した。書類送検されたが15年の公訴時効が完成しており、不起訴となった。
 石川さんの弟(51)は「姉の無念を晴らすために提訴した。罪を犯した者は償うべきだ」と話している。


 時効という制度は経年により罪を立証するための証拠収集の困難さと警察業務の停滞を防ぐために設けられた制度だと聞いたことがある。このニュースはその時効成立のための期間をどのように数えるかを争点にして提訴したもののように思われる。大いに争うべきだと思う。法律の解釈ほど流動的なものはない。憲法についてだってその解釈(特に9条)は定まっていないのだから。
 このまま本事件が無罪放免となれば、どんな罪を犯した者であっても、隠し通してしまえば「こっちのもん。」ということになる。やはり「そんな馬鹿な。」と思ってしまう。罪を犯した者はこれまでビクビクと心落ち着くことなく生きてきたかも知れないが、残された遺族が納得いかないだろう。法の裁きと神の裁きとは別だと思うけれど、人間が作る法律は穴だらけである。そんな穴だらけのものを無理矢理飲み込む必要はない。おかしい、納得がいかないのであれば、司法の下に争うことも必要だ。徹底的にやるべきだ。
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by fussyvet | 2005-05-31 13:26 | こうして社会は回ってる

追い込むなかれ

弾ける時には、弾けなさい!by 夢の扉 Mirai Project

「アタシ・・50歳、エラソーな事は云わない! エラクないから・・・。
アタシ…3?歳、まだまだひよっこ。

消去法的にあれこれあきらめる必要がある? 削れるだけ削ってみなさい!
はい、そうします。欲張りません。所詮アタシ。知れてる。
そうして自分の本質を見極めていく! ナンダ、わかってるじゃん!
先生、まだまだ自分の本質は見極められません。でも、頑張ります。
自分はけっこう働きモンだと錯覚していたが? アタシもそう思ってたけどね!
アタシなんてまだ錯覚しちゃって頑張っちゃってます。しんどい癖にね。
できれば働きたくないナマケモノだと気づいた? 少しは賢くなったかな!?
私も気付いてきました。これって賢くなったと誉めて貰えます?
とりあえず自己肯定あるのみ? そうだね、そこから・・・始まるんだよな!」
そうですよね。でも、結構難しいです。自己肯定し過ぎると傲慢になっちゃったり。まだまだですわ。

 死にたいと思ったが生きている。
 「それは本気で死にたいと思ってなかったからだよ。」
と、理由の分からない蔑みを言う人がいる。
 では、本当に実行してしまった人は、封建的な武士道を貫いて腹を切った人たちで「天晴れ!潔い!」と誉められるかと言えば違う。「逃げた弱い人間」とレッテルを貼られるだろう。そして、残された家族は死因さえ口にすることができない。
 今や7人に1人が鬱病と言われながら、それについての対策を社会はなかなか講じられない。人を追い込む体質は変わらない。「自殺者を出すほど厳しい研究室」などと自慢げに語るアホ教官が有名国立大学にも居るが、多くの人は知らず知らずに自分自身が他人を追い込んでいることに気付かない。もう、いいではないか。神や仏でもない人間ができる努力などたかが知れている。肉体の命も限られている。その間に自分でできる範囲のことを守っていけば…。
 私はこの国の封建体質がヘドが出るほど嫌いである。
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by fussyvet | 2005-05-30 10:12 | こうして社会は回ってる

母娘水入らず

明日、実家へ帰省します。
彼も父も出張でいないため、蓋を開けてみたら、母と妹と私の母娘3人、女ばかりで一日過ごすことになっていました。

幼い頃、どれだけ父がいなくなり、母と妹と3人だったならどんなに幸せかと思ったことか。
3人で小さくなり、いたわり、かばい合いながら、私は大人になって家から”脱出”するまで過ごしてきた…、そしてやがて私は男に溺れ、酒にも溺れ、心身共に衰弱して死ぬことばかり考え、母と共依存関係だったことに気付き…、

神に救われ、優しいパートナーに恵まれて、生まれ育った”巣”とは別の場所を得、
今日まであらためて顧みることがなかった同性の家族。
明日は久しぶりに集います。

少しリフォームしたという家の話になるでしょう。
母は父の噂をするでしょう。
妹は結婚生活について尋ねてくるでしょう。
子供の頃、父を憎む反動で愛おしさが募ったと言ってもいい母と妹への思いですが、
そんなまやかしの思いではなく、
明日は新たな関係でもって臨めますように、
神を上に立てて会ってこようと思います。

主よ、我ら母娘3人をお守り下さい。
夫と父の旅路もお守り下さい。
女同士の集いが終わって、それぞれの男衆が戻った時、
それぞれの家庭がより良い関係で結ばれますように。

世の、さまざまな問題を抱える家庭にも神の恵みがありますように。
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by fussyvet | 2005-05-27 18:13 | 家族

どんなもん?

最近、ある人が発した言葉でずっと引っかかっている言葉がある。

「そういうもんだって…。」

どんなもんよ?
何を基線にしているんだろう?

この言葉の持ち主は60歳手前。
長年の経験から言ったつもりなのだろうけれど、
長年の経験を積んだ者ならば、
価値観も人生観も十人十色だということに気付いてこんな言葉は言わないのではないか?
頭が回る大学生が経験の少なさからくるコンプレックスを誤魔化すために、この言葉を発しているのなら分かるが…。

社会的に地位の高い大学の教官から、このちゃちな言葉が出たのだからこの国は大丈夫かと思ってしまう。
本人は何もこの言葉の違和感に気付いていない。
科学を学ぶものならばなおのこと、「そういうもんだって…。」などと言うべきではない。
科学は客観的にこれまでの前提を覆すことだってあるのだから。

余計にがっくり来るから、これ以上安っぽい分かったような言葉は聞きたくない。
やはり必要以上に近付かないようにしようと思ってしまう。

しばらく自分の中にしまっておいて、消化しようとしていたが、消化しきれなかった言葉。
昔から好きではない言葉である。
久しぶりに聞いて嫌悪感を思い出した。
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by fussyvet | 2005-05-27 07:27 | 徒然

動物実験の現場

 海外の動物愛護団体が製薬会社に潜入して実験動物取り扱いをビデオに収め、インターネット上で公開している。どうやって撮影したかは知らないが、もし日本において身分を偽って潜入して撮影すれば不法侵入等、いくつかの法律に触れて逮捕される可能性があるので念のため付け加えておく。
 このビデオの中に出てくるいくつかの場面について個人的な見解を列挙する。

・サルを保定しているが、動物の保定は動物実験だけでなく、他の場面でも行われることである。
・経鼻胃カテーテルを留置しているが、このカテーテルを入れること自体は動物実験だけでなく、獣医療場面ではよく行われることである。
・途中、この会社の獣医師が「私はこのサルを治療することを認められていない。」と言っているが、通常動物実験には被験動物に不必要な苦痛を与えないよう鎮痛剤の投与やエンドポイントの設定が厳格に求められるが、実験計画に記載されたエンドポイントでない限り、獣医師が手出しできないこともある。
・狭く不衛生なオリに閉じ込められることにより、サルが精神的におかしくなっているとあるが、確かに常同症(同じ動作の繰り返し)などその徴候が認められる。
・技術者や毒性学者がサルに向かって悪意のある言葉で虐待しているとあるが、イラクの捕虜収容所でアメリカ軍人が捕虜に対して行ったと同様の、閉鎖社会特有の虐めが認められる。

 当該製薬会社のホームページを見てみたら、動物福祉についても掲載されていた。以下はそこに明記されていたことである。
1.当社は取り扱っている動物に尊敬の念を持って取り扱います。私たちは私たちが扱っている動物たちが救命法の進歩に貢献していることに敬意を表し、動物たちが払われるべき尊敬の念を持ってこれらの動物たちを取り扱います。
2.動物の取り扱いに関する全ての法律や規則に厳格に従います。
3.適切な規制と科学的信頼性が高い科学的な代替法を動物実験に代わり取り入れます。
4.動物の不快感の最小限にします。私たちは取り扱う動物の不快感やストレスを減少させるため、実験プロトコールと良質な科学に従って業務を行います。
5.社員と業務がこれらの基準に確実に適合するよう対策を講じます。私たちは社員が適切な処方と技術で動物を取り扱うよう訓練し、これらの処方と技術およびこの”敬意の基準”が確実に遵守されるよう適切に監督します。この”敬意の基準”の遵守に不正や過失があればそれを社員に報告させるよう奨励していきます。
6.経営者、または一社員がこの“敬意の基準”に従わなかったことが判明した場合、適切な改善措置と懲戒処分を執ります。

 上記に照らし合わせてみれば、技術者や毒性学者がサルに向かって悪意のある言葉を投げかけていることは“敬意の基準”に反する行動であり、適切な改善措置と懲戒処分が執られるべきである。
 ところで、私が箇条書きにした他のことについては、ビデオだけでは明らかな“悪”だと断言できないのである。常同症については、確かに大きなストレスがかかっている動物に認められるものであり、動物福祉のことを考えれば好ましくないことではある。しかし、実験動物だけでなく動物園動物、畜産動物、そしてオリに閉じ込められたペットでも同じことは現段階で生じていることであり、残念ながら実験動物についてだけ断罪できる段階にはない。ビデオを見た人はそんな意見も念頭に置いてもう一度見てみて、動物実験現場の理解を深めてから意見を持って欲しいと思う。参考までに、私の周囲にはあのビデオの中のように動物に悪態を付く者はいない。
 最後ではあるが、私は”適切な規制と科学的信頼性が高い科学的な代替法”の開発が進み、動物実験に用いられる動物の数、そして動物実験自体が減ってくれることをいつも願っている。
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by fussyvet | 2005-05-25 20:08 | 動物

同級生

 昨晩、同窓会経由のある通知により、同級生が母校の教授になっていることを知った。多分、この4月からだろうと思う。私は今の自分の置かれている立場と比較して愕然とし、夫に愚痴を言いたかったが、逃げられた。
 この年になれば、同い年の人間でも歩む人生と社会的立場の違いは歴然としてくる。教授になっていた彼は学生時代の近しい飲み仲間であった。愚痴を言いたかった夫に逃げられ、私は悶々と自分一人で考えなくてはいけなかった。あの時、悩まずにそのまま大学院に行っていればよかったのか?そうすれば、今や私もどこかの大学の教官として働いていたのだろうか?いや、決してそんなことはない。物事を考えすぎて小さな事でも思い詰める性格の私には、例えチャンスがあったとしても、怖じ気づいて歩けなかった道だろう。愛に飢えていた私には、一人で仕事に打ち込むことも無理だっただろう。じゃあ、これから一所懸命頑張れば彼のような社会的地位を得られるだろうか?いや、無理だろう。私には既に家庭がある。この先、子供も生みたい。その上さらに社会的地位も欲しいなど、非現実的であるにも甚だしい。
 結婚をして、幸せであるはずである。いや、夫との生活はとても幸せである。けれど、この苛立ちは何だろう?学生時代には一緒に酒を飲み明かしていた彼奴が教授、私は慣れない時給850円の半日バイトを月12日して貯金のすり減りに充填しながら、学費を払って奴隷扱いされる身分である。そんな人生を諦観しつつ、私生活ではお金持ちの夫の親戚と封建的な義母に戸惑いながら、何とか夫とのささやかながら楽しく温かい日常生活に小さな喜びを見付けてコツコツ生きている。それなのにこの悔しさは何なのだろう?
 いろいろな人生がある。それを分かっていながら、自分を卑下して人を羨むことほど情けなく罪なことはない。飲み仲間だった彼奴だって、現在に至るまで相応の努力をしてきたのだし、困難もあったはずだ。それを考えずしてただ単に表面的なことだけで羨むなど彼奴に失礼じゃないか。しかし、一方的に送りつけられる同窓会の母校で開催されることの通知は、否が応でも違いを見せつけてくれる。同窓会からの郵便物は引っ越し先への転送により手元に届いた。転送期間が切れれば送られて来ない。同窓会にはもうこのまま現在の住所を知らせずにおこうと思った。
 周囲のもの、目の前の生活を大切にしているつもりでも、ある時突然何かの拍子に自分の人生を卑下してしまうことがある。動揺し、苛立ち、自分の人生を比較してしまっている私はまだ与えられているものに対しての感謝と傲慢という罪への贖罪が足りない。ちょうどいいことに今日は教会の祈祷会がある。久しぶりに切実に祈ろう。もっと神の恵みが見える者になるように、もっと動かぬ者になるように、もっと寛容な者になるように、そしていつかどんな立場にある昔なじみとも、若い時と同じように飲めることがあるように。
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by fussyvet | 2005-05-25 07:00 | 徒然

人間が作る“感動”

 人気の高いNHKの「プロジェクトX」に“やらせ”があったというニュースが報道されている。当該番組、私も数年前、まだ普通の生活を営んでいる頃によく見ていたものだ。見始めた頃はおもしろかったのだが、だんだんその“感動”が作られたものであるような気がしてきて、興味を失い見なくなった。まだこの番組が続いていたこともこのニュースを見るまで知らなかった。
 “やらせ”報道を聞いても驚かない。いつかはそういうことになるだろう、いやこれまでも多かれ少なかれそういう要素があっただろうと思う。神ではなく、人間が作る感動など、一定期間のことをドラマ仕立てに盛り上げて終結させる“捏造品”だ。事実はその後も続いているのであり、その続きの中には作られた“ドラマ”には登場しなかった要素が大きく作用しているだろうし、作られた“ドラマ”を白けさせる現在になっていたりするだろう。毎週、”感動”の要素を集めて一時間に収めていこうとすることには所詮無理があるのだと思う。
 神が作る“感動”はそんなものではない。全ての要素を生かし、一時間ドキュメンタリーでは描ききれないスケールで”ドラマ“を作り、私たちに示してくれる。神を知った今、人間が特にマスメディアの中で作る”感動“では感動できなくなってしまった。一時的な軽い暇潰しの心の揺らしにはいいかも知れない。が、人間が特定の時間枠の中で作り続け、見せようとするドラマティックな感動には限界があるだろうなあと冷めた目で見てしまう。
 それよりももっと素晴らしいものがあることを多くの人が早く気付くよう祈ってみよう。全て神の計画の中で…。
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by fussyvet | 2005-05-24 12:23 | こうして社会は回ってる

証詞(7)

 人を傷付け、快楽も貪り、罪が服を着て歩いていたような人間でした。しかし、神様はこんな私でも「生きている価値がある。」とおっしゃって下さいました。今までこんな満たされた状態はありません。満たされたいとずっと何かを探してきた人間が探していたのは神様のところに全て揃っていました。神様を知った今、もう「満たされたい。」と彷徨い、得体の知れない不安にさいなまれることもなくなってきました。しかし、ともすると、昔の記憶が誘惑に変わり、罪深い私に戻ってしまうかも知れません。どうか神様、もう私を導きから離さず、罪を甦らせず、あなたの声に聞き従う者、そしてあなたからいただいたこの愛に今も気付かず、罪で苦しんでいる人々にも分け与えることができる者となるよう、用いられるところへ私を用いて下さい。あなたの良き証人となり、あなたのして下さったことを脚色することなく、また全て自分一人の努力の成果であると驕ることなく、忠実に仕える者となるよう努めます。こんな私でも神様は言って下さいました。「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。(聖書、イザヤ書43:4)」
 ここに証し、これからも語っていく者となることを誓います。

 ここまでは一年前の洗礼式の際に証したものです。以後は、洗礼後の証を続けていきたいと思います。
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by fussyvet | 2005-05-24 06:58 | 神の救いの証

お金持ちと純血種と避妊去勢手術と獣医

 彼の親戚へ挨拶回りをしてきた。緊張もあってとても疲れたが、何とか無事終わった。それはいいとして…。

 3軒回ったが、3軒とも純血種を飼っていた。私はなぜかため息が出た。一頭は輸入して購入したものだった。手入れの行き届いた、とても元気なテリア種だった。
もう一頭はある獣医が繁殖をしていて、そこから手に入れたらしい。小型犬によくある膝蓋骨脱臼症を生まれつき持っており、はや3回の手術をしたという。膝が弱いため、高いところの上り下りは禁忌である。その獣医からは購入費も治療費も要らないと言われたとのことだが、
「当然だよねぇ。獣医から買ったんだよ。それなのにこんな遺伝病を持ってるなんてねぇ。」
その獣医に向けた文句を我ら二人に言われた。
 そしてもう一頭はレトリバー種。これもレトリバーなどに発生する股関節形成不全の徴候があった。

 膝蓋骨脱臼症を煩っている犬は去勢をしていなかった。私はこの犬に大歓迎を受けたのだが、歓迎を受けすぎてその犬は性的にも興奮してしまった。去勢手術を受けていないこの犬は止まらなくなり、ついに最後までいってしまったのだが、興奮が長く続きすぎたのもあって、動悸が激しく、終わった後は大丈夫かと心配するほどグッタリしていた。飼い主が言う。
「この子、4歳だけれど、今から手術受けてもいいかねぇ。」
私は、基礎疾患がなく、麻酔に耐えられるのなら大丈夫だから、去勢手術をした方がいいと言った。統計をとったことはないが、周囲を見る限り、雑種よりも純血種を飼う人の方が避妊去勢手術をしない傾向にあるが、健康な身体にメスを入れたくないのだろうか、あるいはいずれ子供を取って売れるかも知れないと思っているからだろうか。

 その辺りは、田村正和邸など有名芸能人の邸宅が集まる高級住宅地である。田村正和邸の近くを車で通った時は、思わず車から乗り出すようにして見てしまった。私は田舎者丸出しだった。
 小公園があった。犬を連れた人がたくさんいた。私はそんな光景を目にするのは初めてだったが、集まっている犬は全て純血種である。雑種が一頭もいない。あの中に雑種を連れていくのは相当勇気がいることのように思えた。この近所には保健所がないのだろうか?あの中の何人が保健所にも犬がいることを知っているだろうか?お金持ちは動物を得る手段は購入することしか知らないのだろうか?

 これまで私の周囲には都会のお金持ちがいなかった。今回の旅で、動物についても人間についても、全く知らない世界を覗いたようでクラクラした。ああいう無邪気なお金持ちが純血種を購入する限り、動物を生産する人は絶えないし、保健所に持ち込まれる雑種犬がもらわれる機会も増えない。緊張もあるが、別の意味でも疲れる旅だった。

 犬ではなく猫好きな親戚もいた。その人にも
「どうやって手に入れたんですか?」
と聞いてみた。その猫好きなおばさんは、
「どの猫もね、私に寄ってきたのよ。」
と微笑んだ。唯一救われる言葉だった。
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by fussyvet | 2005-05-23 06:46 | 動物