カテゴリ:神の救いの証( 8 )

証詞(8)

 洗礼後、私は神様の愛に満たされていました。テレビも冷蔵庫もない生活、あるのは牧師さんから借りたCDラジカセだけでしたが、大学から夜遅く帰り、布団に入ってから千代崎師の説教テープを聞きながら眠る、それだけで幸せでした。以前の私なら、独りぼっちの部屋で眠ることなど不安で仕方がないことでしたから、その寂しさを埋め合わせるための誰か、異性が欲しくて仕方がなかったことでしょう。けれど、もはやそんな寂しさは微塵もありませんでした。
「神様さえ居てくれれば、もう何も要らない。」
男なんて当てにならないのに、そこに救いを求めていたそれまでの自分は愚かである、もう誰も要らないのだと思っていました。そんな私に、自分自身も独身女性である牧師さんが結婚はいいものだと言いましたが、私は、
「神様がいるのに、どうして男の人が必要なの?もう、私、要らないんです。」
と言ってはばかりませんでした。事実、心底そう思っていました。
 何度か異性に食事に誘われました。けれど、”もう男など要らなかった”私は、時間を合わせることが面倒で、ことごとく断っていました。そんな中、今の夫である主人からも食事に誘われたのです。が、やはり面倒くさくて私は返事を返していませんでした。
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by fussyvet | 2005-11-20 17:07 | 神の救いの証

証詞(7)

 人を傷付け、快楽も貪り、罪が服を着て歩いていたような人間でした。しかし、神様はこんな私でも「生きている価値がある。」とおっしゃって下さいました。今までこんな満たされた状態はありません。満たされたいとずっと何かを探してきた人間が探していたのは神様のところに全て揃っていました。神様を知った今、もう「満たされたい。」と彷徨い、得体の知れない不安にさいなまれることもなくなってきました。しかし、ともすると、昔の記憶が誘惑に変わり、罪深い私に戻ってしまうかも知れません。どうか神様、もう私を導きから離さず、罪を甦らせず、あなたの声に聞き従う者、そしてあなたからいただいたこの愛に今も気付かず、罪で苦しんでいる人々にも分け与えることができる者となるよう、用いられるところへ私を用いて下さい。あなたの良き証人となり、あなたのして下さったことを脚色することなく、また全て自分一人の努力の成果であると驕ることなく、忠実に仕える者となるよう努めます。こんな私でも神様は言って下さいました。「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。(聖書、イザヤ書43:4)」
 ここに証し、これからも語っていく者となることを誓います。

 ここまでは一年前の洗礼式の際に証したものです。以後は、洗礼後の証を続けていきたいと思います。
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by fussyvet | 2005-05-24 06:58 | 神の救いの証

証詞(6)

 その数年前に半年間仕事で一緒になった女友達がいます。彼女は短期間であったにも関わらず、共通点もあってお互いの気持ちがよく分かった存在なのですが、苦しんでいることをその彼女に相談しました。「教会へ行ってみたら?」私の住んでいた地域は偶然にも彼女が学生時代に住んでいた地域であり、この辺りから教会に通っていたそうです。彼女が教会の名前を忘れてしまったので定かではありませんが、とにかく私は、心を這いずらせるようにして一番近い教会に辿り着きました。初めての礼拝の日、私は神様の前で泣くことしかできませんでした。以来、とにかく助けが欲しくてその教会に通いました。礼拝で牧師さんから聖書の言葉を聞いていると不思議と心が安らぎました。毎週礼拝に出て、聖書を読んでいくうちに自分が生きているのではなく生かされていることに気が付きました。そして、こんな私でも「生きていいのだ。お前は生きている価値がある。」と聖書を通じて神様だけは言って下さったのです。私のこれまでの一切の罪を既にイエス様が2000年も前に背負って十字架で贖って下さっていたこと、(そんなことも知らずに私は自分の罪は自分で背負うものだなどと横柄でした)、そして神様はその一人子を賜うほどにこんな私さえ愛して下さっていたことを知りました。神様の愛がこうも深く無償のものであったことを私は今まで気付かずにいました。けれど、神様の存在に気付いた時、今までの嫌だった経験全てが神様に本当に出会わせていただくためのものであったと思え、妹の死をも含めて全てが傲慢な私を導いて下さるための一つとなったこと、そしてこれからはこれまでの罪を悔い改めて、神様の前では弱い自分も隠さず、「弱い人間」と軽蔑すらしていた周囲の人たちにも思いやりを持って接し、家族の悩みも含めて全て神様の計画に従おうと思いました。
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by fussyvet | 2005-05-20 12:49 | 神の救いの証

証詞(5)

 人間は疲れ切った時、都合良く生まれ育った家を思い出すものです。嫌いだったはずの家でしたが、「やっぱり、私が帰るところはあの家しかない。」と思い、家に帰りました。家に帰ってからは、自分の心が落ち着くためには根本にある家族関係を立て直さなければならないと思い、長女の責任感も手伝って、自分自身の手で家族関係を修復し、再出発することにしました。しばらく、その試みは成功したかに思えました。しかし、ある日、私の存在意義を根底から否定してしまうような出来事が起こったのです。最後の両親の夫婦喧嘩の時、私は気が付きました。「両親が喧嘩をするのは私が帰省して家にいる時である。」…実際、私が両親の不和の種を蒔いているようでした。幼い頃、さかんに喧嘩をする両親を見たり、自分が殴られたりするたびに「私は好きで生まれてきたわけではない。親の癖に無償の愛を子供に注がない親が悪い。」と思ってきたのですが、私が両親の仲を狂わせる原因に幾度かなっていたのです。
 母は自分ができなかったことを私に託し、私にいつも期待していました。母は共依存症だったのだと思います。私が家にいると喜び、強気になる母が舞い上がり、父にすべきでないこと、言うべきでないことをしてしまった結果、父が切れるというのが夫婦喧嘩のパターンでした。「子はかすがいと言うのに、かすがいになるどころか、逆に両親の災いの種になってしまう子供にはどんな意味があるのだろう。私は生まれてきてはいけなかったのじゃないか?私がこれまでに悪だと思っていたことが罪なのではなく、私自身が罪であり悪であったのではないか?」そんな自己否定感は何をやっても満たされなかった私の心に最後のトドメを刺すのに十分でした。「辛い。もう死にたい。どうやったら楽に死ねるだろう。私を生んだ母は悲しむかも知れない。迷惑にならず死ねる方法はないかな。」そんなことばかり考えていました。しかし、私が自分自身を殺せば、母は私の妹の分も含めて自分自身がおなかを痛めて生んだ子供のお葬式を二度も経験しなければならないことになります。そんな残酷なこと、いくら罪深い私でも母にそんな思いをさせる権利はないはずである。では、どうしよう?自由に死ぬこともできない。自分自身の人生なのにどうして?こんな思いまでして、どうして生きていかなければならないのだろう。
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by fussyvet | 2005-05-17 21:39 | 神の救いの証

証詞(4)

 強気の反面、育ってきた環境、特に父が嫌いで、愛情をもらえなかったと思っていたことから、私はどうしようもなく弱い面を持ち、父親にもらうべき愛情を埋めるために、異性へ愛情を求めていきました。ふらふらと次から次へと完璧な納得のいく愛情を探し求めました。何度も、「一人でも強くならなければ。」と思いましたが、”男”への依存心は治まりませんでした。恋愛の形は次第にエスカレートしましたが、誰からも安心できる場所は与えられません。最後に長く付き合っていた男性からも落ち着ける場所を与えられず、ついに疲れ切ってしまいました。
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by fussyvet | 2005-05-10 23:16 | 神の救いの証

証詞(3)

 自由になった学生時代、いろいろなものからの解放感から「たった一度の人生だ。楽しんで何が悪い。これまで我慢して努力もしてきたのだし、人生楽しまないと損だ。」と思いました。自力で人生を切り開いてきたという自負もありましたし、それまでいろいろと我慢してきたという思いが強かったので、反動であらゆる快楽を得ることに執着しました。酒、異性、あらゆる遊び…、生きている間に善も悪も全てを経験したいと思いました。その間、自分に忠告する家族・友人には牙をむき、ひどく傷付けてもきました。かつての私に対する周囲の評価は、「男好き」「大酒飲み」「自由奔放」「傍若無人」だったろうと思います。が、私は寧ろそれらの評価を誇らしく思っていました。「私は全て承知の上でやっている。法に触れることをやらない限り、人間は自由、私の人生は私のもの、誰も私の生き方を否定する権利はないはずだ。」と思いました。何を言われても自分の心の赴くまま、やりたい放題の生活でした。しかし、あらゆることを全てやり尽くしても、心は結局満たされないままで、拠り所なく彷徨っている感じでした。聖書のマルコ第5章に出てくるのレギオンに取り憑かれたゲラサの男、ヨハネ第4章に出てくる幾人もの男性を経てもなお渇いていたサマリアの女、まさしくそんな感じでした。聖書に出てくるレギオンが体内に住み着いた哀れな男は、あらゆる拘束の鎖を引きちぎり、周囲の人々を傷付ける一方、自分自身をも傷付けてきた人間です。今思うと、当時の私はそれに似ていましたが、「改心したところで、過去の過ちが許されるわけがない。人間、自分の過去は死ぬまで背負って生きていかなければならないのだ。」神など信じず、自分自身の努力だけで強く生きなければならないと思っていた私は、決して他に頼ったりしませんでした。「神様は人間の良心が作ったものだ。弱い人間が逃げ込むために想像したものに過ぎない。私は決して逃げない。あくまでも自分の弱さや試練と戦って生きていってやるのだ。」ずっと傍若無人でした。
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by fussyvet | 2005-05-09 06:25 | 神の救いの証

証詞(2)

 私には家族の悩みがありました。何かふとしたきっかけていきなり切れる父、その父と母、祖母との喧嘩。時に私自身も切れた父の暴力の対象になることもありました。ひたすら怖かった。今でも人の大きな声を聞くとすくみます。
「父と母はお互いに覚悟して結婚したはずだ。それなのに仲が悪いのはその覚悟が甘かったからだ。」
そう思うと家が大嫌いになり、早く大人になって家から逃げたいと思いました。逃げるためには親に借りを作りたくありません。その一心でひたすら勉強し、浪人せずに大学に受かりました。そうして私は念願の一人暮らしを始め、家から”逃げ出す”ことができたのです。
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by fussyvet | 2005-05-06 06:25 | 神の救いの証

証詞(1)

 私の両親は共働きで、幼い私は両親が勤めにいっている昼間は祖母の家に預けられ、そこの裏山でいつも一人で遊んでいました。今から思えば、その頃はどこかで聞いた「神様」なるものの存在を信じ、神様に守られていたように思います。私は一人で遊んでいても何の不安も感じませんでした。
 6歳の時、妹が亡くなりました。私は風邪を引いていたのですが、まだ3ヶ月に満たない赤ん坊のその妹がかわいくて仕方がなくて、家族から「妹に風邪が移るから近寄ってはダメ。」と言われていたにも拘わらず、こっそりと妹に近付いて構っていました。その後、妹は風邪をこじらせて死んでしまいました。「私さえ内緒で妹に近付かなければ、妹は死ななくて済んだかも知れない。私のせいで妹は死んでしまった。」と思いました。また同時に、神様がいたのなら、どうして罪のない赤ん坊の妹が死ななければならなかったのだろうとも思いました。その頃から私は神様から遠ざかり、「運命」というものも否定していきました。人は所詮独りぼっちなのだから、自分の努力だけで生きなければいけない、人生は自分自身の手で切り開くのだとも思うようになりました。だから、何でも自分で努力してやって、強い人間になりたいと願いました。そして、「何もできない人間は努力が足りない。甘えているのだ。」と他人に対しても厳しい見方をする心の狭い人間になっていきました。
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by fussyvet | 2005-05-03 17:14 | 神の救いの証