カテゴリ:家族( 72 )

子供の予防接種-母親として迷うこと

 私は、ある英語のメールマガジンを取っていて、毎回アメリカ人女性が綴る英語のコラムを読んでいるのだけれど、ある回で、彼女が「私がワクチン接種を受けない理由」なるタイトルで、ワクチンとその中に含まれる水銀について書いていた。以来、ずっと記憶していて、自分の子供が受ける時にはその時考えようと思っていたのだけれど、ついに考えなくてはならない時になってしまった。
 ワクチンなんかにどうして水銀が含まれているのかというと、防腐剤として使われているからで、アメリカで問題になって以来、日本でもその含有量は減ってきているけれど、製造コストの問題で不使用にはなっていないらしい。近頃、食べるものについては、妊婦はマグロを食べ過ぎるなだとか、水銀摂取についていろいろ言われているのに、そう言われている経口摂取量よりも高い濃度の水銀量をワクチンから血中に取り込むことになるのだとも言う。論文を自分で調べてみたけれど、結局今は日本には水銀が含まれていない三種混合ワクチンは手に入らないし、母親として私自身が選択するしかないことになる。3ヶ月齢で接種するBCGは水銀フリー。が、その後の水銀が含まれている三種混合はよりによって、3回も立て続けに接種し、更にはもう1回、また忘れて頃にもう1回接種しろという。息子は同月齢の平均体重より小さい。摂取量は体重比で見る。つまり、体重が少なければ体重比で取り込まれる水銀量が多くなる。できるだけ体重が多い時期に接種すべきとか何とかいうけれど、結局は百日咳等感染のリスクを背負うか(接種しない場合)、水銀接種のリスクを許容するかの選択を迫られることになる。日本では、「ワクチンに含まれる水銀により・・・明らかな証拠はない。」というけれど、全く疾患との関係がないという証明も同じようにない。動物実験も行われているのだろうけど、信用できる大規模な統計調査でも行われなければいけない。が、メーカー側などが嫌がるだろうし、当てにならない。そんなのを待っているうちに、4ヵ月後には私は母親としての選択をしなくてはいけない。できるだけ月齢を遅くして接種させようと思っているけれど、不安は尽きない。危害が疑われて現段階で否定も肯定もできない事象について、てっとり早くマウスに摂取させて結果が出る動物実験よりも、大規模な統計調査等はないものか、つくづく思う。

チメロサールとワクチンについて・・・横浜市衛生研究所
予防接種のワクチンに有機水銀
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by fussyvet | 2006-03-21 08:04 | 家族

ちょっとした罪悪感

昼下がり、
私のひざの上で幸せそうに眠る息子を起こすのがかわいそうで、
そのまま3時間何もせず過ごす時間。
働く夫に対するちょっとした罪悪感。
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by fussyvet | 2006-03-20 18:27 | 家族

母親似

 息子は私に似ている。

 妊娠中、超音波検査で男の子らしいと分かった時、私はある点で喜んだ。男の子でも女の子でも母子無事に出産できたならそれでいいと思っていたけれど、ある一点だけでは男の子であることを喜んだ。
「私は自分を子供に投影しなくて済む。」
女の子だったならば、彼女は私が苦しんできたように苦しみ、そして何よりも、私の母が私にしたように自分の影を子供に映してしまうかも知れない。そう思った。
 母は自分ができなかったからと何でも私にやらせてくれた。ピアノ、習字、そろばん、英語。そして、私がいやになってしまった時、いつも言った。
「お母さんは習いたくても習えなかったのに。止めちゃうの?」
それを言われると私は止めたくても止めることができなかった。特にピアノはそうだった。覚えている限り、4歳だったか5歳で習い始めた時、私から「習いたい。」と言った覚えはなくて、気がついたらオルガンを弾いていたような気がする。そして、どうして止めたかったのか忘れてしまったけれど、「止めたい。」と言った時、母はそう言って寝込んでしまった。私はどうして母が寝込まなければいけないのか理解できなかった。
「私のことなのに、なんで?」
そう思って、納得できなかったけれど、母のその一言で二度と止めるとは言えなかった。
 戦時中に生まれた母は、封建的で男尊女卑の祖父の下で、年の離れた妹たちの世話に追われ、高校に進学したくてもできず、働きながら夜学に通った。そして、保母になりたかったけれど、ピアノを習っていなくて弾けなかったためになれなかったと何度も言っていた。そうして自分がやりたいことをやらせてもらえなかった母は、娘の私に思いを託したのである。お陰で私はいろいろなことができる子供になった。覚えが早く、先生に褒められるたびに、私よりも母は希望を持っていったのかも知れない。その母の思いを私は受け止めて上げなければならないと思った。良い子だった。そして、知らず知らずのうちに、それは重たいものとなって私にのしかかっていった。

 生まれてくる子供が男の子だったら、女の子よりも制限なく生きていくことができるし、何よりも母が私にしてきたように、私が子供に自分の思いを乗っからせることはないだろう。そう思った。

 息子は私似だ。最初、血液型を聞いたとき、ギクッとした。でも、たかが血液型と思ってそれほど気にしなかった。鼻から口に掛けて私に似ている。それも、たかが顔かたちと思ってそれほど気にしなかった。しかし、性格が・・・似ている。そっくりかも知れない。小さいくせに我が強いところ。私はあまり泣かない、育てやすい子供だったと聞いたが、息子もあまり無駄泣きをしない良い子である。ああ、いけない。このままだと私は自分ができなかったことを、男の子だからできるだろうと更に託してしまいはしないだろうか?だめだだめだ。それだけはダメだ。親の思いを子供の重荷にしてはならぬ。私はまだこれから自分の夢を自分自身で叶えなければならないし、人生は子育てで終わりではない。・・・


 などと書いていたら、昼寝から覚めた息子がいきなり大泣き。よかった、私みたいにおとなしくて良い子じゃなくって。親の思いに反してちゃんとてこずらせる子で。しっかり泣けよ。私の思いなんか気にしなくていいから。良い子でいなくていいから。・・・ほどほどにね。
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by fussyvet | 2006-03-02 17:20 | 家族

理想の母ネコ

 実験用のネコのコロニーがあって、計画的に繁殖させていくのだけれど、出産後本当に丁寧に優しく、文字通り猫なで声を出しながら子供を育てていく母ネコいれば、生んだ直後に食殺してしまうものもいた。途中まで普通に育てていたのに、1ヶ月くらい経ってから子供の手足を噛み切ってしまうものも。それは母ネコの性質によるものが大きい。限られた空間に閉じ込められていても母性の強い個体はきちんと育て上げ(それでも子猫が大きくなってきて手狭になってくるとイライラして咬む真似をするものもいるけれど)、母性のない個体は食殺してしまうのだ。それでものびのびとした空間にいれば、母性のない個体でも食殺などしないかも知れないけれど、推測であって定かではない。
 子育てしながら、そんなネコたちのことを何度も思い出す。私はどんな母ネコだろう?とりあえず、生んだ瞬間に食殺してしまうネコではなかった。じゃあ、どんな困難な状況でも上手に愛情いっぱいに子猫たちを育てていたあの母ネコみたいかしら・・・?そうありたいという自分自身の母親としての自画像だけは大きい。そう、自画像だけは。

 今日、何度も何度も甘え泣きを繰り返し、手を放させてくれない息子に思わず、
「うるさいっ!」
って思い、実際に食器を洗いながら口にしてしまった。これまでもイライラすることはあっても、言っても分からぬ赤ん坊に言ってはいけないと思い、言わなかったのに、今日は言わなければ治まらなくて吐き出してしまった。そう、頭の中では分かっていても、言わないとマグマが胸の内に溜まったようになってしまうと思ってわざと吐き出したのだ。一瞬すっきりした。
 私も食殺する母ネコを何ら変わらない。どこかのホテルの社長の言葉を借りれば、”上等な”母親なんかじゃない。私はあの愛情いっぱいの子育て上手な母ネコみたいではないし、あんな風にはなれないだろう。いや、あの母ネコだって見ていないところではイライラして”カッ”と口を子猫に向かって開いていたのかも知れないじゃないか。
 今日、私は自分の母親としての自画像を捨てた。”理想の姿”なんて自分のものでしかないし、それでよかったんじゃないかと思う。やっぱり私もいつ子供に手を上げるか分からないし、理不尽な言葉で叱るかも知れない。所詮罪深い人間、気をつけていないといつ転ぶか分からないのだ。それをあらためて思い知らされたことは、とても情けなく悲しかったけれど、よかったんだと思う。

 さて、息子と一緒に楽しいお風呂に入ろう。
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by fussyvet | 2006-02-21 19:15 | 家族

捨てられた…

心に悩みを持つ身内から送って欲しいと言われて送った聖書を捨てられた。彼女の精神状態からして予感はしていた。価値観や信条は人それぞれであることを分かっているつもりでもやはり、自分が大切にしているものを捨てられたらショックで怒りが沸いてくることを止められない。なぜに次から次へと心安らがぬことばかりもたらされるのだろう?
神様、どうして私は休ませてもらえないのですか?
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by fussyvet | 2006-02-12 18:45 | 家族

愛は学習するものである

 息子は生後1ヶ月を過ぎた。この頃、甘えることを覚えたようだ。お腹が空いているわけでも、眠たいわけでも、おしめが濡れているわけでもないのに「あぁ~ん。」とか「おぎゃあ~!」とか泣くのだ。そして、私が抱いてやると泣きやむ。抱いたままあやしていると機嫌が良くなり、そのまましばらくするとやがて眠りに入る。しめしめと思って布団に下ろすとまもなく再び泣き始める。そんなこんなで近頃夕刻からこのくらいの時間まではなかなか自由にさせて貰えない。夕食の支度さえままならぬ。可哀想な夫・・・。
 少し前までとは明らかに違う。0ヶ月の頃は泣く理由は2つしかなかった。お腹が減ったか、おしめが濡れたかである。息子が泣いたら、まずおしめを換えて、授乳してお腹を満たしてやればよかった。お腹一杯になれば、息子は布団ですやすや寝てくれた。それは寧ろ機械的なやりとりだった。息子は本能のままに空腹と排泄の心地悪さを誰にというわけではなく訴えれば、なぜだか分からないけれど空腹は満たされ、おしめも気持ちいいものに換えられる。そして、どうやらそれはどうしてその人なのかは分からないけれど、してくれるのは特定の人で(この場合、”母親”である私なのだけれど)、その人は自分の要求をきいてくれるものらしいということを、息子はつい最近気が付いたのである。そして試しに少し甘えてみた。すると、見事にその人は受け止めてくれた。少しずつ要求の頻度や大きさを増してみた。すると、それにもきちんと比例してその人は応じてくれた。こうして彼はこれまでの経験から、私が彼の要求に応えてくれる人間だということを学習したのである。最初は本能で泣いていただけの赤ん坊が経験から気付き、試し、そして確信して甘えることを覚えた。こうして彼は自分のことを(勿論、今はまだそんなこと意識していないだろうけれど)、愛される存在、大切にされている存在であることを知ったのだ。
 これがもし、まだ息子が本能だけで空腹と排泄の心地悪さを訴えて、それが解消された場合にだけ泣きやむという行動を取っていた、たった10日ほど前の頃に、甘えてみたにも関わらずそれに誰も応えず、ほったらかしにしていたのならどうだろう?きっと、彼は自分が愛されるべき存在であることを自覚できなかっただろう。甘えの要求が拒否されていれば彼は更にヒステリックに泣き叫ぶか、諦めて泣かない・・・感情を無くした子供になるかも知れない。そう愛は学習するものなのだ。生まれつき愛を学べなかった子は愛を知らない。そういったことが本当にあるのだと確信した。
 愛を知らなければ、愛の返し方も分からない。虐待されて育った子供は自分が親になってから子供を虐待し、歴史を繰り返してしまうという。犯罪者は愛を知らない場合が多い。
「どんな育ちであったとしても、自分がしっかりしていればそんな風にはならない。要は本人の問題だ。」
という人がいるが、私はそれは十中八九当たっていないだろうと思う。愛を知らず、人に優しくする方法を知らない子供は情緒不安定のまま、”しっかりする”方法すら知らないからしっかりできないのである。犯罪者を作らないためには、愛を知らない子供を本当の意味で保護しなければいけない。その施策もないまま、私は罪を犯したものの罰を重くする方向にしか社会が進まないことには大反対だ。
 愛も学習により学んで得るものである。赤ん坊の行為である。学校教育のように積極的に学べと求める学習ではない。保護されるべき存在である赤ん坊には愛を学び得られるように大人が積極的に与えるべき学習なのである。乳児院の子供達はどうしているのだろう?以前から私たち夫婦は子供が授からなかったら、福祉施設から養子を迎えて育てようと話していた。生命の種をいじくって新たな命を作り出すことしか考えていない一部風潮がある(勿論、必要性を全面的に否定しているわけではない)。そしてそこへ大量の税金が投入されている。そんなことまでして命を作り出さずとも、生まれてきたのに愛を貰えず、幸福になることを夢見ている子供達が施設には大勢居る。今ある命さえ大切にできない生き物が、どうして新しい命を作り出す技術ばかり追えるものか。(ましてや動物の命など・・・こうして動物もないがしろにされるのだ。)

 愛は学んで得られるものだ。息子が教えてくれた。愛に飢えて生きてきた私が、息子に愛をうまく与えていくことができるだろうか?与え方を間違えはしないだろうか?そんな不安に時々苛まれる。今まで学べなかった愛を私は神からもらいながら息子に返していこう。そして、息子も神の愛に気付くように。存在を否定されたり、ないがしろにされたりする、そんな行為が一つでもこの世から減りますように。愛の虐げはいずれどこかに返ってくる。息子がその犠牲となりませんように。息子が生まれてから、映画などの残酷な場面は一切見られなくなった母であった。
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by fussyvet | 2006-02-07 00:57 | 家族

家と家族

 次男である夫。既に義兄夫婦には二人の子供がいる。結局、二人姉妹の長女である私の姓を名乗る形で婚姻届を提出した。
 昨年初め、夫が義母に自分が姓を変えることを伝えて以来、最初は「二人の占い師に見てもらったら、二人とも○○さん(私のこと)が××姓(夫方の名字)を名乗った方がいいって言われた。」などと始まり、親戚中にはいかに自分が可哀想であるかを触れ回って私たちを一方的に悪者にし、話し合いで合意を得た後も私たちの息子を「△△君」と呼んでおいてから、
「どうして君付けで呼んだか分かりますか?すでにいる孫達とは違うから。」
などと捨て台詞のように夫にメールで寄越してきた。
 家って何だ?家族って何だ?

 私にも言ってはならないことを言いたい放題言ってきた。こんなに産後の精神衛生環境がよろしくない妊産婦もそうそういないだろう。夫は毎日のように実家と連絡を取っている。「寂しがるから…。」とフォローしているつもりらしい。そして私にも同じことを要求する。私だって言いたいことを堪えてもう限界すれすれのところをフラフラしている。婚姻届にこだわった夫。そして、それと引き替えに私たちはずっと義母に何を言われようが下手に出て我慢し、顔色を伺う生活を余儀なくされるのか?
 家って何だ?家族って何だ?

 この国の戸籍制度が大嫌いである。これが、さまざまな社会的差別の一因だと思っている。民法を改正するとかしないとか言われて久しいが未だ変わらず。早くなくなれ。
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by fussyvet | 2006-01-19 12:10 | 家族

父が泣いた

父が泣いた。
私のために泣いた。
人目をはばからず泣いた。

ないと思っていた愛は
確実にあったのだ。
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by fussyvet | 2006-01-17 19:01 | 家族

息子と一緒でなくて寂しい

まだ産後2週間経っていないが、息子の健康保健の手続きなどのため、やむを得ず外出。
久しぶりの外。
2週間前までは息子がお腹にいた。
どこに行くにも一緒だった。

生んで、離ればなれになった。
軽くなった体。
ものすごく寂しくなった。
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by fussyvet | 2006-01-17 09:10 | 家族

おっぱい戦争

 母乳が出づらく、あんまり神経質になってはいけないと思いながら搾乳などして母乳の出を促しておりますが、最初の頃は出るおっぱいよりも涙の量の方が多いような状態でして、
「涙出さずにおっぱい出せ!」
と自分を奮い立たせながら、息子に吸ってもらえない可愛そうなおっぱいを一人寂しく搾ったりして、今でもコツコツ搾乳して一回量がやっと35ml/両方のおっぱいになりましたが、体格の小さい息子にはやはり足りず、ミルクと混合でやっております。最初に私のおっぱいを含ませて片方5分、ねばるのですが、息子は人工乳首に慣れてしまっているのか、「ふん、出ねえぜ。」って言っているかのように乳首を離したり、また吸ってみたり、最後にはものすごく悲しそうな泣き声を出すので、それを合図におっぱいを吸わせるのを止めてミルクを足すようにしています。
 入院している時に助産師さんが自分の体験談から、
「母乳が出がよくて、母乳ばかり与えていたが、自分が高熱を出して薬を飲まざるを得ず母乳を与えられなかった時、人工乳を飲んでくれなくて困った。」
という話をして下さり、当初母乳にこだわっていた私もその話を聞いて両方飲ませて育てようと決めたのですが、さすがに私のおっぱいよりもミルクの方をガツガツを飲む息子を見るととても悲しくなったりします。それでもコツコツ、空し涙を流しながら一人で搾乳し、息子と攻防を繰り返しながら授乳時間にはおっぱいを先に与え、戦争中で母体の栄養が悪くて母乳が出なかった時代は本当に大変だったろうと飛躍した想像もしながら、何とか息子に嫌われすぎないようにおっぱいをあげています。搾乳した乳を哺乳瓶でやると飲むので、どうやら私のおっぱいが気に入らないらしい。助産師さんをして「吸いやすそう。」と言わしめた形のいいおっぱいも当の息子に嫌われては意味がない・・・。こんなことも手伝ってブルーの底に沈まないよう、時にはほかのことも考えつつ、煩わしい身内のことは極力考えないようにしつつ、静か~に子育てしたいと思うのでした。
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by fussyvet | 2006-01-15 14:00 | 家族