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カテゴリ:家族( 72 )

しんどくても休めない家庭という現場

ここ1週間ほど体調がよくない。だるくて、何をする気も起きない。

息子の喘息が一向に良くならない。発作が起きていないだけましなのだろうけれど、気道過敏症は収まらず、中学生、いや、大人になるまでに治してやろうと頑張ってきたのだけれど、それが叶わぬかもしれぬと思うと絶望的な気持ちになる。
企業や研究機関に再就職するなど、既に諦めた。毎日掃除が欠かせない。収入は低くても、家にいてできる今の仕事しか、慢性疾患を持つ母親ができる仕事はない。

全てを諦めるような気分になると、おのずから何もやる気が起こらなくなる。辛うじて私を「生かして」くれるのは、それでも仕事だけ。その他に達成感・充足感が得られるものはもはやなく、屍のような状態で生きている意味があるのかどうか。最近読み始めた太宰治がとても心に響く。少しまずい。

昨日一昨日の週末は、掃除以外全て家のことを放棄した。独身の頃がとても懐かしい。息子の前では努めて元気でいようと思うものの、母親の異変は敏感に感じ取られているのではないかと心配にもなる。

もう何もいらない。息子の健康と幸せだけ与えてください、神様…いるのなら。

※本ブログはリンクフリーですが、本ブログ内の文章の転載については、リンク等により記載元としてこちらが分かるようにし、かつ、同一文章を修正または一部抜粋することなく全文を記載してください。同一日付内文章の無断での一部抜粋および加工転載は一切お断りします。
 管理人は仕事、育児および家事にと綱渡り生活を送っております。申し訳ありませんが、いただいたコメントおよびメールについて、個別に返信することができません。ご了承ください。
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by fussyvet | 2014-06-23 10:57 | 家族

虐待、そして体罰が連鎖する一因子

私は息子を叩いたことがある。とても反省しているし、その都度息子に「ママが悪かったよ。ごめんね」と言って抱きしめてきたが、思い出せば後悔のあまり心が痛み、切り裂かれそうな思いになる。個々の体験を詳しく思い出すことはできないが、とにかく自制が効かないほどイライラしていたことだけは覚えている。

虐待の連鎖という言葉がある。私自身、物心がついたころからキレる父親にビクビクしながら生きてきた。キレるのは年に一、二回のことだったが、一度キレると次回はまたいつキレるのかと恐ろしくて、その恐怖心を忘れた頃にまたキレての繰り返しで、恐怖に支配されない一年がないまま、大学生になって遠く一人暮らしを始めるまで過ごしたように思う。

自分の体験から、親からされて嫌だったことは息子にすまいと誓っていたはずである。その私が、その誓いを忘れて息子に手を上げる直前、心の中で思ったことがある。「恐怖で子供を支配してはいけない、それは分かっているはずじゃないか。いや、それなら、その下で育った私は何者なんだ。人間じゃないのか。自分が育った環境を否定することは今の自分を否定することなんじゃないか。だったら、少しくらい手を上げても構わない、いや寧ろ必要なこともあるんじゃないか。」

こうして虐待は連鎖された。もう二度としない。自分の中の連鎖を止めるための予防をしている。自制が効かなくなりそうだと思えば、主治医から処方された薬で心を落ち着かせている。

ふと最近の体罰問題が思い浮かんだ。体罰を肯定する人は、それによって育てられたと信じている、今の自分の在り様を否定されるのが怖いんじゃないだろうか。自分が崩れてしまうからだ。

一度は自分を崩してみることも必要なときがあるだろうと思う。砕かれた破片の中から光るものだけを集め、自分を再構築する。それも大人になる一過程なんだろうと思う。

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by fussyvet | 2013-02-07 11:04 | 家族

育児で気が立っている母親と、他人と、“加害者”にされてしまった女の子

 買い物の帰りにはいつもそうするように、今日の午後も近所の小公園に寄って、息子を遊ばせることにした。何組かの親子連れが既に遊んでいて、その公園はにぎやかだった。人見知りをしないあまり息子は、5歳くらいの初対面のお姉ちゃんに「お姉ちゃん、あそぼ~!」と声をかけ、コロコロと遊び始めた。その女の子も快活で息子とつるむようにして遊んでくれていた。おいかけっこをしたり、小さな滑り台で遊んだり…。その女の子のお母さんの姿が最初見えなかったけれど、木陰のベンチで、赤ちゃんをベビーカーに乗せてゴロゴロと揺らしていた。この時間に小さな赤ん坊とそのお姉ちゃんを一人で外に連れ出して面倒を見ている様子からすると、他の助け手もなく子育てをしているのだろう。顔つきも少し険しくて、疲れている感じにも見える。女の子はそんな母親に構わず、元気に遊んでいた。
 近くには2歳前後の男の子が母親とおばあちゃんらしき人に連れられていた。幼児用の小さな滑り台に、太ったおばあちゃんらしき人が登り、孫と遊んでいる。息子と、息子と遊んでいた女の子もその滑り台に行ったが、太ったおばあちゃんはそこを譲る様子もなく、我が孫と遊ぶのに夢中になっていた。「他の子供もいるのだから、よければよいものを。」と内心思いつつ、目を離せないやんちゃな息子の動きに合わせて、私の目もその場から離れては戻りつしていた。
 一瞬のことだったが、息子と遊んでくれていた5歳くらいの女の子が、振り返って1歩踏み出そうとしたところに、母親とおばあちゃんらしき人と来ていた2歳前後の男の子とぶつかり、男の子の方が後ろに転んでしまった。男の子は泣きだしたが、痛くて泣いたのではなく、びっくりして泣いたのだろうと思う。「ああ…。」という母親とおばあちゃんとの声がしたかと思ったら、次の瞬間、木陰で赤ん坊をあやしていた女の子のお母さんが飛んできて、「すいません!大丈夫ですか?陽子(仮称)!何をしたの?小さな子をわざと突き飛ばしたらダメって言ったでしょう!」自分の娘をきつく叱り、さらにはお尻をバンっと叩いた。多分、赤ん坊をあやしていたから、その瞬間を見ていなかったのだろう。私はびっくりして、「いや、彼女はわざとやったんじゃなくて…。」と叫びたかったけれど、その場にすくんでいた。その後も陽子ちゃんの母親は平謝りで、かつ、娘を叱り飛ばしている。かわいそうに、陽子ちゃんは泣き始めた。相手方の母親とおばあちゃんは、陽子ちゃんの母親の剣幕に何も言えなかったのかも知れない。けれど、その場で一言、「いや、わざとやったんじゃないから。」と強く“加害者”の陽子ちゃんをかばってくれれば…。
 陽子ちゃんの母親は、陽子ちゃんを木陰のベンチまで連れて行って、さらに叱っている。陽子ちゃんはただただ泣いている。まだ、5歳だ。「押したわけじゃない。」とも言えず、かと言って、わざと突き飛ばしたということで罪を被って謝ることもできなかったのだろう。転んで泣いた男の子のおばあちゃんが近づいてきて、「お母さん、わざとやったんじゃないから、もう叱らないで。」とやっと弁護してくれた。「ありがとうございます。でも…。」と言いながら、陽子ちゃんの母親は叱り続け、陽子ちゃんは泣き続けている。きっと、あの場では“加害者”であったらしい自分の娘を一方的に叱るしかないと思ったのかも知れないし、気が立っていたのかも知れない。
 息子が泣いている陽子ちゃんに近づき、「お姉ちゃん、大丈夫?泣かないで。」と慰めにいった。それをきっかけに私も近づき、陽子ちゃんに話しかけるように「わざとじゃないよね。ちょっとぶつかっちゃったんだよね。おばちゃんはちゃんと見てたから知ってるよ。」と声をかけた。陽子ちゃんはこっちをちらっと見て、また母親にしがみついて泣き始めた。お母さんの方は「そうですか。すいません。ありがとうございます。」と言って、「わざとじゃないけど、小さい子がいるところでは気を付けてっていつも言ってるでしょう。」と言葉を変えた。息子はなおも「お姉ちゃん。」とそばを離れようとしないので、「お姉ちゃんは悲しくて泣いてるんだよ。そっとしておいてあげよう。後で遊ぼうね。」と息子の手を取ってその場を離れた。
 まもなく、息子は一人で遊びを再開し、そして、その5歳の陽子ちゃんもまたケロッとして息子を遊び始めた。ああ、よかった。私の方へ近づいてきたとき、私にもちょっかいを出していった。
 ちょっとしたことだけれども、子供同士のトラブルは怖い。一歩間違えば、一方的に“加害者”にされてしまうこともある。転んだ男の子を連れてきていたのは母親とおばあちゃんの二人。この二人が、もっと早く、現場で相手である陽子ちゃんをかばってくれれば、陽子ちゃんも「故意の傷害未遂犯」の濡れ衣を着ることもなかっただろうに。いつもこういう場面では息子と自分に置き換えて胃が痛くなったりする今日この頃。長い子育て、身がもたねえな。
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by fussyvet | 2009-06-18 21:05 | 家族

インフルエンザと喘息と

 今期ワクチンをうっていたにもかかわらず、チビがインフルエンザにかかり、さらに喘息を併発。最初はインフルエンザの熱でぐったりし、それが収まると持病の喘息で咳が止まらない。結局、8日間も保育園を休ませることになった。私自身はワクチンをうっていないので、今度は私がいつ発症するかと待っている。
 こんなときは本当に、心底、つくづく、近くに頼れる家族がいてくれたらどんなに良かったかと思う。夫は平日朝6時過ぎから夜遅くまで働いている。中間管理職ゆえ、休めない。男性の育児休暇の取得など考えられない。今は経済的に一家の大黒柱だから仕事重視でやってもらわねばならない。その結果、家事の大半と育児は全て私が受け持つことになる。あまりのしんどさに、昨年勤め人を辞めたけれど、それでもこの8日間は堪えた。フリーランスでよかった、結果オーライだと思う。たった今確定申告の書類を作成し終わったけれど、一年後の私の収入は激減しているだろう。今は心身を守るため、息子の世話のため、夫のため、それでもよい。
 幼子を抱え、近くに頼れる親戚、友人もいない状況でフルタイムで働いている女性はどうやっているのだろう?私がもう10歳若かったら、育児、家事、仕事のいかなる困難も体力と精神力で処理できただろうか?体力がない、若くない、精神力も衰えていると心の中で泣き言を言うことすら、もう一人の自分が責め、どこにも自分の居所を見つけられないほど情けなくなる。
 息子はまだ少しゼイゼイしている。今夜は昨夜よりも呼吸が楽であればいい。私もゆっくり眠れる。
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by fussyvet | 2009-02-25 12:47 | 家族

とりあえず退院

 入院していた家族、退院。とりあえずの診断は肺膿瘍。まだ、完治には至っておらず、また原因菌が特定できていないため、炎症性疾患以外も視野に入れて通院治療は続く。
 気分的に一安心しているところですが、なにやらとっても忙しい。重なるときには本当に重なってしまって、仕事の締め切りを気にしつつ、ミーティングの設定も考慮しつつ、せっかく一月のレンタル枚数を増やしたのに見れていないDVDを見なくちゃという欲望に覆われつつ、まとまりのない生活を送っております。そう言えば、私は結局まとまりのない生活でないと落ち着かない性格らしく、人生の”ゲテモノ食い”の性癖を持っているらしい。いえ、以前から気付いていましたが。息子がこんなハチャメチャさを受け継いでいなければいいと祈っていますが、どうも、似ている…。うれしくもあり悲しくもあり。
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by fussyvet | 2008-12-14 23:52 | 家族

確定診断前3

 腫瘍マーカーはどれも陰性。が、反応しない腫瘍もあるのでしばらくは引き続き、肺の陰影のトレースを続ける。数日前に広域スペクトルの抗生物質を投与して以来、肺の陰影は小さくなった。このまま抗生物質に反応し小さくなり続ければ、早ければ来週中にも退院できる可能性はある。が、重篤な疾患を示唆する検査結果が出なければの話。

 夫婦揃って獣医師だということで構えたのか、何とかして上位に立とうとするような物言いの医者。急いでいて早く済ませたかったのかも知れないが、ところどころカチンと来る言葉がある。あとで夫に聞いたところでは、
「(うちの妻も獣医です。)今度、一緒に話を聞きたいと言っています。」
と言ったら、
「いやあ、勘弁して下さい。」
と言われたと。今日きれいに生え揃っていた御髭は数日前までなかったから、ちょっとハクを付けるために伸ばしたのかなあだと。まあ、これも単に忙しくて剃る暇がなかっただけかも知れないが、どうも「いやあ、大好きです。先生、尊敬します。よろしくお願いします。」と心から言える医者じゃあないが、悪くもなさそうなのでお任せしてお預け。あとから「なんだ。いい骨休めになったね。」と振り返れることに終わりますように。
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by fussyvet | 2008-12-03 12:45 | 家族

確定診断前2

 暦上の休日には入院患者の検査は進行するんだったっけかな。自分自身の入院経験が既に18年前のものなので忘れてしまった。近頃はお医者さんも足りないとか言うし、治療はともかく検査も週末は止まってしまうのかね。
 見舞いに幼児はご遠慮くださいとのことなので、チビがいる週末は面会に行けぬ。会えないこと自体は出張の多い人間だったからどうってことないが、「わからない。」状態が改善されないとなると結構しんどい。親族も近づけないし、子供と二人、身を寄せ合って過ごすしかなく、事情を理解できない息子に「とうちゃんは?」と質問を受けるうちにいつか「とうちゃ~ん!」と泣き出すのではないかという息子の哀れを想像すると、早く無事帰ってこいよと思う。
「もういらない!」
と悪態をつけるのも、その存在があればこそで、急にいなくなればそれはそれで寂しく不安である。何よりも息子のことを思うと、やはりまだ居てもらわねば困る。
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by fussyvet | 2008-11-28 15:41 | 家族

確定診断前1

 今のところ肺がんの可能性の方は低いというが、確定には至らず。

 最悪=肺がんの可能性が低いと知り、少し落ち着いたが、「分からない。」ということがいかに不安を煽るものであるのか思い知る。明日より入院。
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by fussyvet | 2008-11-27 09:50 | 家族

”陰影”

 家族に軽視できない病変が見つかりました。
 確定診断がつき、落ち着くまでしばらくお休みします。
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by fussyvet | 2008-11-25 21:49 | 家族

やっと幸せを感じられる余裕

 息子はアレルギー持ち。生後まだ数カ月の頃から卵、牛乳、小麦粉の食物アレルギーから始まって、1年ほど前からはついに喘息も発症。アトピー体質まで揃って完ぺきである。今日は数カ月に一度の検診の日だった。
 正直なところ、これまで平日に息子と二人きりで過ごすのは憂鬱だった。かわいい、かわいい…、それには間違いないけれど、24時間そう思い続けているのは不可能である。他の心やさしいお母さんはそうではないかも知れないけれど、少なくとも私には不可能だ。かわいいしぐさをすれば、「かわいい」。が、そんなしぐさばかりじゃない。疳癪で、聞かないときはイライラする。こちらが寝不足であろうが、疲れていようがそんなことは容赦ない。通じない。書くのがはばかられるようなことを思ったことさえある。
 今日もそんな憂鬱な日の一つであったのだが、今日は…本当に心の底から息子と笑い、じゃれあい、ご飯を食べ、バスに隣り合って乗り、外を見ながら話し、子育てを「楽しむ」努力をしなくても穏やかに流れて行った。この子は私の子として生まれて幸せだったのかと疑う余地などなかった。私も本当に幸せだった。

 これまでは「余裕をもって子育てをして。」などと言われても、「そんな余裕どこに作る余裕があるんだ!」と鶏冠に来ていた。そんな私も少しずつ余裕が持てるようになったのかもしれない。私が成長したのではなく、子供が成長してくれたせいだ。

 これからはいよいよ私も成長しなくては。息子がいろいろ教えてくれる。息子が子供のころのことを思い出させてくれることで、いろいろと大人になってから忘れていた自分の”創世記”のことを思い出させ、私とは何者であったのかを知らせてくれる。
 人生、確かに仕事だけではないことを思わせてくれるのかも知れない。
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by fussyvet | 2008-11-20 17:52 | 家族