動物のお医者さん日記
2022-12-28T10:30:35+09:00
fussyvet
動物たちのこと、その他もろもろに思うこと。プロフィール代わりにはMy Homepageをどうぞ。
Excite Blog
今、捉われているもの
http://fussyvet.exblog.jp/241688614/
2022-12-28T10:23:44+09:00
2022-12-28T10:30:35+09:00
2022-12-28T10:30:35+09:00
fussyvet
家族
今、苦しんでいるもの
不安感
罪悪感は、父の意思を尊重できなかったこと、母への思い、子育て。
不安感は、実家終い、妹が息子に影響すること、息子の将来、これからの老後の生活費。
順番に向き合うか。
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親しい家族以外が葬式の主催者となることの提案
http://fussyvet.exblog.jp/240851312/
2021-02-23T08:15:00+09:00
2021-02-23T08:26:43+09:00
2021-02-23T08:15:36+09:00
fussyvet
家族
コロナ禍が最悪の状況下で父が亡くなった。この数か月間、コロナ禍ゆえに家族すら面会を許されず、看取りに同居家族さえ間に合わず、独りぼっちで逝ってしまった。あまりに惨い。
家族なので送り出さなければならない。コロナ禍なので通夜もない直葬(家族はクリスチャンではないので無宗教式)だった。感受性の高い妹は、父の亡骸と同じ部屋に長時間居ることを嫌がった。翌日、火葬場まで霊柩車の後について私が家族を乗せて車で赴いた。焼き場に棺が入り、1時間後には骨だけになった。そこで私は初めて泣き崩れた。
「こんなこと…。」
生前は面会すら許されなかったのに、亡骸の送り出しだけは家族にやれというのか。
教会の信徒仲間は、亡骸を見ていないので死の実感がなく、私の心の中に生き続けている。
一親等の父は、亡骸から骨になるまで見”させられている”から、その経過がずっと頭に焼き付き、「お前の父は死んだ」と念を押され、心の中に生き続けさせることを難しくしている。
葬式は、親しい家族が主催しなければいけないという常識を変えてほしい。亡骸や遺骨を見たくない遺族には、その意向に沿った選択肢を追加してほしい。亡骸や、さらには遺骨まで見せつけられなければ、父はずっと家族の心の中に生きていた。
とは言え、死亡確認は、家族がする必要がある。それは理解できる。でも、せめて葬式の主催者は遺族じゃない者にしてもらえないだろうか。
父と同居していた母と妹は、これまでは病院に父がいると思って生きてこられたが、自ら送り出したがゆえに、心に父を宿すことが難しい。時間が余計にかかることだろう。高齢の母は、毎日泣き暮らし続けている。
※本ブログはリンクフリーですが、本ブログ内の文章の転載については、リンク等により記載元としてこちらが分かるようにし、かつ、同一文章を修正または一部抜粋することなく全文を記載してください。同一日付内文章の無断での一部抜粋および加工転載は一切お断りします。管理人は仕事、育児および家事にと綱渡り生活を送っております。申し訳ありませんが、いただいたコメントおよびメールについて、個別に返信することができません。ご了承ください。]]>
発達凸凹男児の中高一貫校生活
http://fussyvet.exblog.jp/239191020/
2019-03-28T10:03:00+09:00
2021-02-23T08:22:40+09:00
2019-03-28T10:03:00+09:00
fussyvet
家族
学年末考査の結果は、「このままだと、中高一貫コースから外されるかも」というレベル。そもそも、中高一貫校と言っても、r4偏差値が40以下の学校なので、その中で底辺にいるということは…容易にこの先を察することができるというものです。
先生の質は良いし、熱心だし、友人関係も全くもって良好なので、この恵まれた環境で「挫折体験」ではなく、「克服体験」を経験してほしいわけですが、下には下がいるという安心感だけで学校生活を送っている状態では「克服」という向上心が必要な経験は得られないわけで、どう気付かせるかが親としては悩ましく、頭を抱えているわけです。
終業式後に、この一年間で順位が下がってきている現実と、これまで息子がやってきた「勉強」というのは、与えられたものをこなす「事務作業」であるから、「問題意識」をもって理解するように取り組むこととを言い聞かせ、小学3年生からやってきた”ママプリント”でのサポートを続けることになりました。
中学受験が終わったときは、これで少しは楽になると思ったけれど、全く当てが外れ、おまけに夫も倒れるわで、完全に私の社会復帰は諦めました。個別指導や家庭教師に任せた方が楽なのかもしれないですが、経済的のもきついので、やはり私が”犠牲”にならざるを得ない(思いたくなくても思ってしまう)。
早く天に召されて楽になりたい今日この頃。
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今度は夫が倒れた
http://fussyvet.exblog.jp/239167912/
2019-03-26T08:36:00+09:00
2021-02-23T08:23:06+09:00
2019-03-26T08:36:44+09:00
fussyvet
家族
救急車を呼び、数日間、検査入院をした結果、てんかん波が検出された。心血管系の検査結果の解析がまだ出ていないけれど、ほぼてんかんは確定。
今回の場合は、状況から判断するに、ストレスがトリガーとなっているんじゃないかという話で、一先ず投薬はせず、次回通院時まで様子見。以来、今のところ、発作は起こっていない。
我が家、病気だらけです。
もうこれ以上要らないんですけれど。
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IWC脱退やらイギリスの生体販売禁止やら
http://fussyvet.exblog.jp/238944746/
2018-12-28T07:52:00+09:00
2018-12-28T07:52:48+09:00
2018-12-28T07:52:48+09:00
fussyvet
徒然
この4年間、息子の中学受験があったり、塾に通いだした直後に発達凸凹が明らかになったり、中学受験が終わった途端に実母がアルツハイマー病と診断されたり、牧師さんが急逝されたりと、次から次へといろんなことがあって精神的にもまいっていましたが、よく見渡せば、息子の喘息発作が起きなくなってきたことを初め、良いこともあるのですよね。前回の記事を読んで気付きました。
Twitterじゃ書ききれないこともあるし、Facebookにも疲れてきてもいるので、またこちらにぼちぼち書いていこうかと思います。まずはメンテナンスから。
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しんどくても休めない家庭という現場
http://fussyvet.exblog.jp/19927926/
2014-06-23T10:57:00+09:00
2018-12-28T07:38:39+09:00
2014-06-23T10:57:28+09:00
fussyvet
家族
息子の喘息が一向に良くならない。発作が起きていないだけましなのだろうけれど、気道過敏症は収まらず、中学生、いや、大人になるまでに治してやろうと頑張ってきたのだけれど、それが叶わぬかもしれぬと思うと絶望的な気持ちになる。
企業や研究機関に再就職するなど、既に諦めた。毎日掃除が欠かせない。収入は低くても、家にいてできる今の仕事しか、慢性疾患を持つ母親ができる仕事はない。
全てを諦めるような気分になると、おのずから何もやる気が起こらなくなる。辛うじて私を「生かして」くれるのは、それでも仕事だけ。その他に達成感・充足感が得られるものはもはやなく、屍のような状態で生きている意味があるのかどうか。最近読み始めた太宰治がとても心に響く。少しまずい。
昨日一昨日の週末は、掃除以外全て家のことを放棄した。独身の頃がとても懐かしい。息子の前では努めて元気でいようと思うものの、母親の異変は敏感に感じ取られているのではないかと心配にもなる。
もう何もいらない。息子の健康と幸せだけ与えてください、神様…いるのなら。
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中の人と外の人
http://fussyvet.exblog.jp/19335462/
2014-01-13T11:17:47+09:00
2014-01-13T11:14:12+09:00
2014-01-13T11:14:12+09:00
fussyvet
動物
読める範囲を読んで私の思ったことだけを書きます。
「大学には入ったものの…」「大学は出たものの…」将来の目的が持てない状態は、誰しも経験することだと思います。動物実験を承知で「やらずに後悔するよりは、やってから後悔する方がいい」と獣医師になった私には、この将来の目的が持てない状態は就職後に訪れました。中にいても、経験の浅い下っ端が何か言ったところで、「変な人」であることには変わりありません。中にいる者の場合、外の人と違い、その仕事で生活が支えられています。何かあれば、生活そのものが危うくなります。その現実を考えると、強い意思さえあれば、中にいる人は現実を変えられるということは、相当困難なことです。以前、獣医師なんだから、動物のためにできることはいろいろあるだろうとか、ホリスティックな獣医さんになってほしいとか、動物愛護活動家の方から言われたことがありますが、それはその方々自身の理想を私に求められているのであって、獣医師だからと言ってできることではありませんでしたし、私が求めるものでもありませんでした。
中の人と外の人が一点において違うことは、内情をよく知っているか否かだろうと思います。しかし、内情を知るが故にできないこともあり、結局どんなメリットがあるかと言えば、外の人が思うほど、内部で改革を進めていくことはできません。それは会社員など、何らかの組織に属したことのある人なら、誰しも頷くことだろうと思います。
現在、私は外の人です。ただし、知識を持った外の人です。今は動物に直接接触する仕事はしていません。別の仕事ですが、とても幸せです。これまでの経験(動物に関することでなくても)も活かされています。元「中の人」として、こんなところから情報発信をしています。今現在、中にいるわけではないので、情報発信の頻度も減ってきています。そのうち、ネットを全て止めてしまおうと思っています。それでも、今の仕事と子育てに一所懸命なので、不満はありません。
中の人と外の人、獣医師と獣医師でない人、それぞれ状況は違いますが、それぞれの状況に合せた、自分が納得できる道を見つけていくしかないのじゃないかと思います。動物に関する問題ではなく、人生の問題だろうと思います。中にいるからこそできないこともあれば、外にいるからこそできることもある。結局は、個人が納得できる人生を探求していく事柄なんだろうと思います。
稀ではありますが、高校生から「僕はどうしたらいいのでしょう」というメールをもらうことがあります。身近にいて獣医になりたいけれど…という人に対してはアドバイスできますが、会ったこともない人からの漠然とした質問のみでは、その人自身の成績、志望動機、経緯、さらには住んでいる地域がわからなければ、アドバイスはできません。人生は千差万別です。結局は、自分で考えて、納得できる道を歩むしかないのだろうと思います。
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動物に感情を証明しろということは、人間のそれを証明しろというのと同じくらい馬鹿げたことである
http://fussyvet.exblog.jp/17988292/
2013-06-24T09:24:48+09:00
2013-06-24T09:25:05+09:00
2013-06-24T09:25:05+09:00
fussyvet
動物
その中で、親を失い、今まさにシャチの群れの餌食にならんとしていたコククジラの仔を、種類の違うザトウクジラの群れが、少し離れたところから感知し、現場へ向かい、猛然とシャチの群れに突進してその仔を助ける場面があった。その場面を、長年の研究歴の中でも初めて見たという研究者は、「ザトウクジラが思いやりを持っているとしか思えなかった」と表現した。
この表現に、「思いやりとはなんだ。証明してみろ」とかみつく輩は必ずいるだろう。実際に私も「思いやり」という言葉はどうかなと思った。そのザトウクジラの群れには、自分の群れの仔をシャチの群れに襲われて失った苦い経験から、思いやりよりももっと原始的な「怒り」の感情から、以前に見たことのある景色に反応してシャチを追い払い、結果的にコククジラの仔を助けたのかもしれない。こちらの方がしっくりくる。ザトウクジラが人間の言葉を話せれば、あとでインタビューしてその時の心境を確認することもできるだろうが、それはできない。
ところで、同じようなことを人間がした場合、あとでインタビューをしてその時の心境を確認することができる。その結果、第三者は「思いやり」と表現することもあろう。でも、いくら本人がその時の心境を言葉で表したとしても、それが本当なのか第三者が証明するすべは全くない。それでも第三者は「思いやり」と表現し、人間には「思いやり」の感情があると知られてきている。「思いやり」とは何か、定義も証明もできないままに。
結局のところ、動物も人間も、その行為が「思いやり」だと第三者に捉えられれば、「思いやり」を持っていると映る、ただそれだけであって、それを動物について証明しろということは、人間について証明しろと求める、又は人間にはあることが分かっていると断定するのと同様に無意味でバカバカしい命題なんではないか。昨夜、クジラ類の姿を画面で見ながら、そんな風に思った。
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虐待、そして体罰が連鎖する一因子
http://fussyvet.exblog.jp/17274148/
2013-02-07T11:04:51+09:00
2013-02-07T11:04:31+09:00
2013-02-06T17:03:36+09:00
fussyvet
家族
虐待の連鎖という言葉がある。私自身、物心がついたころからキレる父親にビクビクしながら生きてきた。キレるのは年に一、二回のことだったが、一度キレると次回はまたいつキレるのかと恐ろしくて、その恐怖心を忘れた頃にまたキレての繰り返しで、恐怖に支配されない一年がないまま、大学生になって遠く一人暮らしを始めるまで過ごしたように思う。
自分の体験から、親からされて嫌だったことは息子にすまいと誓っていたはずである。その私が、その誓いを忘れて息子に手を上げる直前、心の中で思ったことがある。「恐怖で子供を支配してはいけない、それは分かっているはずじゃないか。いや、それなら、その下で育った私は何者なんだ。人間じゃないのか。自分が育った環境を否定することは今の自分を否定することなんじゃないか。だったら、少しくらい手を上げても構わない、いや寧ろ必要なこともあるんじゃないか。」
こうして虐待は連鎖された。もう二度としない。自分の中の連鎖を止めるための予防をしている。自制が効かなくなりそうだと思えば、主治医から処方された薬で心を落ち着かせている。
ふと最近の体罰問題が思い浮かんだ。体罰を肯定する人は、それによって育てられたと信じている、今の自分の在り様を否定されるのが怖いんじゃないだろうか。自分が崩れてしまうからだ。
一度は自分を崩してみることも必要なときがあるだろうと思う。砕かれた破片の中から光るものだけを集め、自分を再構築する。それも大人になる一過程なんだろうと思う。
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動物を飼ってはいけない人に売るな
http://fussyvet.exblog.jp/17235356/
2013-01-30T11:41:52+09:00
2013-01-30T11:41:43+09:00
2013-01-30T11:41:43+09:00
fussyvet
動物
で、問題になった当事者がどう対処するかを回答した。別の飼い主を探すという。自力で探しているのか、動物保護団体に依頼しているのかは知らない。もしかしたら、口だけで何もしないということも考えられる。自力で探すのは困難だろうし、動物保護団体も嫌な顔をするだろう。そのまま飼い続けるまら、鳴き声で迷惑している隣人が被害者だ。何よりもそんな人に飼われてしまった、売られてしまった犬が一番かわいそうである。何も悪くないのに、母犬から引き離され、たらい回しにされ、迷惑がられている。
人間は動物を飼う限り、こんな不幸は続くのだ。うんざりする。]]>
今回の衆議院選挙についての雑感
http://fussyvet.exblog.jp/16994356/
2012-12-17T09:38:21+09:00
2012-12-17T09:38:20+09:00
2012-12-17T09:38:20+09:00
fussyvet
動物
その点でいえば、動物愛護運動の先鋭的活動家は、絶対に選挙に行っているはずである。動物の問題に関心を持ち、熱心に取り組んでくれた国会議員を応援したり、政党にアンケートを送ってその結果を公表したりして、投票を促していたことからも伺いとれる。ただ、どれくらいの人が投票先を決める際に動物愛護を考慮するだろうか。ましてやこの、経済、復興、教育、外交、年金、医療費と問題が山積している状況下で、動物愛護を最優先事項にしている人がいるんだろうか。
動物の問題は少なくとも経済、教育、同和と密接に関わっている。まずこれらの問題が解決の方向に回らずして、動物愛護運動は考えられない。活動する団体のデータ公表が悪いとは全く思わない。でも、動物の問題に関心を持つ一有権者としては、動物愛護の観点だけから投票先を決めてほしくはないと思う。多分、包括的に考えた結果ではないその一票は無駄になる。
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活動に利用されたくなくて
http://fussyvet.exblog.jp/15957070/
2012-08-12T21:48:00+09:00
2012-08-12T21:49:09+09:00
2012-08-12T21:47:26+09:00
fussyvet
動物
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「ザ・コーヴ」鑑賞
http://fussyvet.exblog.jp/13049839/
2011-07-09T16:34:00+09:00
2011-07-09T16:42:48+09:00
2011-07-09T16:34:33+09:00
fussyvet
映画
日本のイルカ猟を批判したドキュメンタリー映画がアカデミー賞のドキュメンタリー部門で最優秀賞を獲得したという話題から始まり、同映画が国内で上映されることが決定すると上映予定の映画館に街宣車が「反日映画を上映するな」と妨害活動を始めたということで、どんなもんかと思って構えながら見たが、これのどこが反日映画?製作者が外国人というだけで、日本人全体を敵視した内容なんかじゃないじゃない。
全編を通して出てくるのが、「わんぱくフリッパー」の調教師だったリチャード・オバリー氏。彼はフリッパーを演じた複数のイルカの調教師だったが、自分が飼育することで自分の愛するイルカたちがどれほど苦しんでいるかに気づき、イルカの解放運動を始める。もともとは日本での活動などではなく、自国で水族館用に送られるために捕獲されたイルカたちを逃がすため、そこで網を切るなどの非合法的な妨害活動を含めた活動を展開していた人。日本の太地町を標的にするようになったのは、そこが世界中の「イルカショー」への供給源になっていたからだ。
イルカの屠殺現場を撮影するため、彼らはチームを構成する。声をかけられたのは、特撮の専門家、スキンダイバー、冒険家など多種多様なメンバー。太地町に入ってすぐ、見た目で外国人とわかる彼らは警察や漁協から尾行を受ける。町全体が敏感になっていたから、当然と言えば当然。その辺りの攻防と、農水省、IWCにおける日本代表の説明と現実の矛盾、そして、イルカなど海の生態系で上位に立つ動物の水銀汚染を絡めて話が進行していく。映画のクライマックスは撮影に成功した屠殺シーン、そして、その後、その画像を農水省の役人に突き付け、IWCで「屠殺方法は改善され、ほとんどが即死する」と日本代表が説明しているさ中に嘘であると示すように会場に見せて回る。私自身は、イルカを含めた捕鯨反対派が理由とする「知能が高い動物だから」というものには、「知能が低ければよいのか」と反発を感じるが、「屠殺方法が長時間苦しませる方法であるから」という点で私は彼らに賛成だ。ちなみに、牛、豚、鶏の屠殺を見てきたが、イルカ猟よりもずっと苦しむ時間は短い。
リチャード・オバリーは、イルカの調教師だった頃、稼いだお金でポルシェを購入した。それは自分が製作に参加した「わんぱくフリッパー」によってイルカの人気が上がり、経済的価値も上昇し、捕獲されるイルカが増えたせいだったことも知らずに。「私は愚かでいい気になっていた」というようなその自責の念も伝わってくる。太地で撮影した映像を首からかけたモニターに映し出して、IWCのみでなく、東京の街中でたたずむ彼の姿は、道化師そのものだ。それを彼は敢えて自分に課しているようにもみえる。
「反日映画だ」「プロパガンダ映画だ」という声こそ、プロパガンダだろうと思う。多分、裏で関係者が動いているのだろうと思う。そんな声に騙されずに、まあまずは普通の人には見てほしい。そして、考えてほしい。動物愛護に関心のある人もない人も。
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「20 km圏内」のドタバタ
http://fussyvet.exblog.jp/12667159/
2011-05-27T09:57:00+09:00
2011-05-27T10:00:16+09:00
2011-05-27T09:57:24+09:00
fussyvet
動物
ところが、あるテレビインタビューでその獣医師が、取り残された畜産動物の命をなんとか救おうと、一時的に「実験動物」としてそれらを移送することを提唱した。その途端、その「実験動物」という言葉に反応したアニマルライツな彼女たち、それまでは、他の動物愛護な人たちに便乗してその前線獣医師を応援していたにもかかわらず、ピタッと立ち止まり、「う~ん」とうなっている様子。自分たちがその存在を否定していた動物実験・実験動物が肯定されるような形になり、それはちょっとと立ち止まった。
後先考えず便乗するような行動は何にしても良い結果を生まないわけで…。
前線獣医師は、彼女たちの反応を「過敏だ」とし、説明を加えているが、いずれにしろ、彼が提唱していることが実現すれば(私自身は実効性に乏しいと思っているが)、「実験動物」が増えることには変わりない。その削減を目指している人たちにとって、それを認めてしまっては、自分たちの主張の一貫性が失われてしまう。最初から、アニマルライツな人たちがその思想からできることは、「この悲劇を教訓にして、皆、ベジタリアンになりましょう」「動物の飼育を止めましょう」と呼びかけることだけだったろうと思う。だって、人間が動物を飼育している限り、悲劇はなくならないのだから。
加えてこの一件によく表されていることには、獣医師は、獣医師である限り、決してアニマルライツな側には属しえないこともあるだろうと思う。
私は動物を取り巻く悲劇をなくしたい。でも、こんな一貫性のない人が多い中にあって、それは不可能なんじゃないんだろうか。猫も杓子も集まって、お祭り騒ぎ。ぐったり疲れた1ヵ月、早く収まってほしい。
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食事とは、もともと食べられないものを食べられる状態にして口に入れることなので
http://fussyvet.exblog.jp/12522336/
2011-05-05T12:30:00+09:00
2011-05-05T12:32:19+09:00
2011-05-05T12:30:25+09:00
fussyvet
こうして社会は回ってる
食中毒予防の三原則は「つけない、増やさない、殺菌」。「つけない」は食中毒原因物質を食材、加工中食品、そして最終食品につけないということ。家庭でも、まな板を魚、肉、野菜で使い分けたりするし、未加工の食材と加工済みの食品とを直接的・間接的に接触させないようにするのは、これにあたります。次に「増やさない」というのは、食中毒原因物質を増殖させないということ。食材、加工中食品、最終食品は常温で長く放置せず、冷蔵庫・冷凍庫で保管するのは、これにあたります。「長く」というのはあいまいなので書いてしまうと、常温で細菌が1回分裂する平均時間は30分、魚介類にもともと付着している腸炎ビブリオにいたっては10分に1回分裂するから、特に食材はすぐに冷蔵庫へ入れた方がいい。
最後に「殺菌」。これは、主に加熱を意味します。調理の最終過程で大抵の食事は加熱が入るけど、これは、もともと固い食材を柔らかくして食べやすくするという意味だけじゃなくて、「殺菌」の意味もあるわけです。ユッケだけじゃなく、刺身など非加熱食品の場合、この加熱がなされないから、食中毒のリスクは大きい。そのリスクを減らすために、「つけない」「増やさない」の二原則が守られなければいけません。「殺菌」のために、生魚は真水に弱い腸炎ビブリオを減らすために水道水で洗ったり、肉であれば、枝肉の段階で塩素水を使って噴射・浸漬させたりしていると思いますが、「加熱」ほどの効果はありません。
食中毒原因細菌によって、感染が成立して発症する細菌数が違います。多くの原因菌は、十万単位、百万単位の個数が口に入らないと、発症はしません。が、中には少ない細菌数で食中毒を起こす菌種があります。サルモネラやカンピロバクターは1万個程度で発症しますし、病原性大腸菌にいたっては、100個程度で症状が出ます。生食用食肉の基準が厳しくて、実際には生食用牛肉なるものは存在しないと言われていますが、食肉処理の段階で病原性大腸菌数を安全なレベルで維持するためには、厳しくせざるを得ないことから現行の基準になったはずです。ネットニュースなどでは、「現行の形骸化した基準を緩和しろ」という関係業者の声が載っていましたが、上の理由から、これはありえないと思います。
「なぜ、その基準を守らせてこなかったのか」という行政への批判があります。施設への通常の立ち入り検査(食中毒事件調査以外ということ)は、各自治体の保健所の食品衛生監視員が一名ずつで行います。そこで、生食用食肉として販売されているものを見つけた場合、口頭指導をするでしょう。が、罰則がないため、そこまでです。中には、「罰金でもあるの?」と言ってきたり、「他の店もやってることだ。なんでうちだけ!」と食って掛かる業者もいます。「人気のある食文化を止めさせることは難しい」という話がニュースに出ていたのは、そういう背景もあるのだと推察します。行政が実際に強制力を発揮できるのは、食中毒事件が起こってしまってからの「営業停止・禁止」「回収命令」措置ぐらいです。
以上は、私が食品衛生監視員であった頃に得た基本的な知識を基にした話です。実際の基準はもっと細分化されていますし、私が仕事をしていた頃から変わったこともありますから、現在の情報は厚労省のホームページで検索してみてください。
今、一消費者として考えることを最後に。そもそも、食中毒はいつでも起こっています。ニュースになるのは、飲食店等を原因施設とする「食中毒事件」だけです。だから、食中毒とはお店で起こるものと思っている人も多いと思いますが、実際には家庭での食事を原因とした食中毒も多い。「食事」とは、本来そのままでは口にできないものを口にできる状態にしてから食べるということです。その意味で「食事」には、外食、内食に関係なく、常にリスクが付きまとう。今、清潔になった日本ではそのような意識は忘れ去られていますが、この事件を一契機として、個人で食事のリスクから家族を守る方法を最確認してみませんか。これから気候が暖かくなってきます。今、室内には朝食時に食べたものが、網やスノコをかけるだけでそのまま放置されていませんか?肉や魚を購入後、どこかへ寄り道などして、常温に長く置くことになっていませんか?外食時、その食事は子供に与えてもいいものですか?
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