理解できることの安堵感

「ママでは銅」に笑顔なし
8月9日21時14分配信 産経新聞

 「銅」を手にした谷に、笑顔はなかった。準決勝に敗れた後の、3位決定戦。ボグダノワ(ロシア)に鮮やかな払い腰を決め一本勝ち。日の丸を振る応援団には両手を振って応えたが、畳を降りると、うつを向いた。
 よもやの判定だった。
 ドゥミトル(ルーマニア)との準決勝。上背があり奥襟を狙うドゥミトルと、リーチをかいくぐって中に飛び込みたい谷。互いに攻め手を欠いたまま、2分すぎに、両者に2度目の指導。そして、傍目にはそれまでと変わらぬにらみ合いが続いたまま、残り34秒で主審が3たび、「待て」をかけた。だが、指導が下ったのは、谷だけ。
 一瞬、谷はあっけにとられたように畳に立ちつくし、副審2人を見やったが、判断は覆らず。慌てて攻勢に転じるも、時間は足りなかった。
 「ママでも金」。北京では1つの使命を自らに課した。2003年12月にプロ野球選手の谷佳知(巨人)と結婚し、アテネ五輪後の2005年12月には待望の長男・佳亮(よしあき)ちゃんを出産した。もうひとつの夢だった「母親」として、柔道から遠ざかり育児に専念した。
 昨年3月に練習は再開したが、出産前までの練習環境が戻るはずはない。佳亮ちゃんが夜泣きすれば起きてあやし、朝方には家事もきっちりこなす。育児との両立は楽ではなかった。
 五輪代表選考会を兼ねた世界選手権(リオデジャネイロ)が9月に控えていたが、5月には乳腺炎にかかり、あまりの激痛で10日間の静養を余儀なくされる不運にも見舞われた。
 だが、残り2カ月という短期間で急ピッチで調整すると、世界選手権で見事に優勝。「出産してスタミナがついたかな」。苦労を表に出すことを嫌う性格だが、冗談交じりに喜ぶその目には、うっすらと涙が光った。
 振り返れば、五輪では毎回、自分に重圧をかけ、そのたびに有言実行を果たしてきた。金メダルが確実視されたバルセロナ、アトランタでは2位。雪辱を胸に秘めた3度目のシドニーの直前には、報道陣の前できっぱりと言い切った。
 「最高で金、最低でも金」
 結婚した翌年のアテネでは、姓が「田村」から変わったことを受けて、こう言った。
 「田村でも金、谷でも金」
 幸せいっぱいのコメントに聞こえるが、そうではない。アスリートとして、結婚も出産も育児も、敗北の言い訳にはならない。長年、世界の最高峰に君臨し続けてきたプライドがあってこその、北京五輪での「ママでも金」宣言だった。
 筋肉量、骨格はアテネのときとほぼ同じレベルを維持していた。「誰がライバルというより、自分の柔道をする」。普段通りの強気で臨んだ舞台。だが、3連覇の夢は露と消えた…。
 世界選手権優勝7度を誇る、日本女子史上最強の柔道家も32歳。12年前、アトランタ決勝で敗れて以来の五輪での敗北だが、あのときの1敗とは重みは違う。

 「次」を見据える精神力は、残っているか。



 誰かの”敗北”を聞くとほっとしてきた。大抵の場合は自分だけ置いて行かれなかったという卑屈な嫉妬からくるネガティブな心。でも、彼女のニュースを聞いたとき(私は北京を見ていないのでニュースで読んだだけだけれど)はちょっと違う。なんというか、その敗北を「理解できることの安堵感」だ。もし、彼女が「ママでも金」を成し遂げていたら、その人は自分の理解を超えた存在だ。同じ女という人間とは思えず、何か別の種類の生き物を見ているような乾いた感情、一生共有できない何かになっただろう。
 でも、彼女は「ママでは銅」だった。「主婦になりたい。」とも言っていたとかいないとか。天賦の才能を持ち、いつも注目を浴び、一線で活躍してきた人でもそうなのだ。そうなんだ、母親業と仕事の両立は(彼女とは1週間しか出産日が違わない。だからなおさら、いつも自分を重ねて見るように注目してきたんだ)努力だけでかなうものではないんだ。彼女の敗北が私の心の代わりに叫んでくれているような気がしてならない。
 彼女ももがき苦しんでいるに違いない。これから主婦業に収まったとしても、絶対に彼女は苦しみ続ける。賭けてもいい。母親としても、人間としても。そしていつかきっとまた表舞台に戻ってくる。米国の水泳代表トーレスのように、伊達公子のように。そして、そのときには私も「ああ、充実した幸せな人生だ。」と納得しながら社会でも家庭でも満たされたバランスの良い状態にあることを夢見ている。
 女たち、がんばれ!(がんばらない女はどうでもいい。)

 男なんかにゃ絶対に理解できまい、ばーか>そこの私を知ってて覗いている暇な大学教授(公務中に見るな。仕事に専念しろ。ばらすぞ。)
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by fussyvet | 2008-08-10 09:57 | 徒然
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