我が身を哀れに思わずにはいられない哀れ

 学生時代の飲み仲間(男性)で、最も近しい友人の一人であったヤツが、昨年母校の教授になり、さらには今年その大学の目玉機関の副センター長にまでなっていることに最近気がついた。確かに大胆不敵でいろいろな意味で頭もよくユニークなヤツだったから、その器にはぴったりだと思うし、素直に「すげえや。」と旧友としては自慢に思う。が、同時にどうしようもない”痛み”にのたうち回らなければいけない今の自分の状況が本当に哀れだ。
 ヤツと比べてこっちは時給1,100円でパートタイムで実験を行っている身だ。子供が熱を出せば、何をおいてでも休まなければならないし、勤務時間内であれば保育園から呼び出しを喰らい、息子の心配をしつつ実験をどうするかで頭を悩ませる。喘息持ちの子供ゆえ、夫の扶養内で働いた方が安全である。どんなに「フルタイムの研究員にならないか?」とありがたい話をもらっても、いつ子供の体調が悪くなって休まねばならないかわからないことを考えたら、受けることを躊躇してしまう。そんなこんなで臆病になってしまっているのに、これから仕事でキャリアを伸ばすことなんて考えられない。ましてやどっかの教授なんてあり得ない。
 どうして同じように飲んでいた仲間とここまで違ってしまったんだろう?ヤツは男で私は女だ。ヤツにない子供が私にはある。が、男であるヤツはこれから仕事もそのままに子供を持つことも可能だ。いやいや、人生の良し悪しは物事の有無では測れないはずだ。そうだ、そんなことは頭でわかっている。
 それでも感情が許さないのだ。どんなに自分を慰め、励まし、考え方を変えようとしたところで悔しさを抑えられない。ヤツは最近テレビにも出演している。幸いテレビをあまり見ない私はまだ見たことがないが、これからメディアの露出も増えてくるだろう。そして偶然私はヤツと対面するのだ。”華”と”影”として一方向性に。その時、私はテレビを壊さなければいいが…。
 冗談はさておき、あまりの感情の高ぶりを抑えるため、緒方貞子さんが高齢出産で40代から本格的なキャリアを積んだ話や他の女性のいきざまを探してみた。男と女の人生は違って当たり前のはずだ。今の私にぴったりの見本はいないのか?だが、緒方さんにしたって名家の出で、子育てがひと段落した時に戻る場所は確保されていたはずだろう。育ちの悪い私などとは所詮ベースの境遇が違う。以前、感性が似ていると言われた田口ランディさんのブログを覗いた。ああ、似ている。年も近いし、家族の悩みなど苦労話も安心する。いや、待てよ。彼女は既に売れっ子作家だ。名前の売れ方が違う。ネットで探していても、出てくるのは著名人ばかり。全て比べて結局は落胆する、同じことの繰り返しだ。「いやいや日本は紛争もなく平和なんだから、安心して子供を育てられることに感謝すべきだ。」などと良い子にもなってみるが、そんな嘘は持続するわけがない。
 再びどん底まで落ちそうである。外界に通じる全てのスイッチを消して引き籠りたい気分だ。出産後、腰痛を抱え、体が疲れやすく、体調が最悪の状態が続いているのもこの最悪の気分に拍車をかけている。それに最近幼馴染の男友達が頻繁に夢に出てくる。なんて欲求不満な。夫への不満は既に男女関係を打ち消してしまっている。

 飲み仲間だったヤツと私、どこでどうしてこんなに違ってしまったのか。せめて子供は持ってくれるな、過激なアニマルライツに叩かれて苦労しろ、などと浅ましい呪いすらかけてしまう。
 どうして開業しないのか、とか、○○さんならもっといいところがあるでしょう、とか、何も知らない親切な人たちは言ってくれる。開業は資金と経験がなければできないし、この年で幼児を抱えた女をすんなり雇ってくれる研究所などそうそうあるわけない。しばらくはうつうつとしたまま、旧友の境遇を羨んで身もだえし、悔しさで枕を涙で濡らし、夫に不満を爆発させ、全てを諦めたと自分を達観させ、息子の可愛さだけに救われつつ、癖のあるボスの下で安月給でいいように利用されるしかないのだろう。…そうか?なんて悲しい人生。「ああ、そんな時期もあった。」と死ぬ前に懐かしく思い出せるようになっていますように。
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by fussyvet | 2008-07-27 15:40 | 徒然
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