子ども救援キャンペーン30年:家路を探して 中央アフリカ・スーダン報告/3

 5歳の子供に起きた経験とその後の決断としては重すぎるし、それしか考えられないし、選択肢もなかった…。彼の人生を誰も非難できない。私たちができることは、とにかく関心を持って、どうしたら紛争が起きるのか、どうしたら防げるのか考えてできることをしていくことくらいだと思うし、それが何よりも大切じゃないかと思います。

子ども救援キャンペーン30年:家路を探して 中央アフリカ・スーダン報告/3
 ◇逃げ遅れた両親、目前で殺され--心凍った16歳元少年兵
 「両親を殺されたんだぞ」。少年は激しい形相で記者をにらみつけた。約20年間に及ぶ南北内戦が終結したアフリカ大陸北東部のスーダン。内戦では多くの子供も少年兵として参加。国連児童基金によると、これまでに約1万2000人の少年兵が武装解除された。だが、今も多くの子供が複数の武装勢力に加わっているとされ、武装解除後も社会に溶け込めず、孤立するケースも多い。

 南部で暮らすトーマス君(16)=仮名。97年のある朝、当時の北部政府軍が村を襲った。銃声で目が覚め、4歳年上の兄と一緒に家の裏に飛び出そうとした。その瞬間、逃げ遅れた両親が目の前で射殺された。5歳の少年にはあまりに残酷な光景だった。

 兄に手を引かれるまま近くの森の中へ逃げた。野生の果物を食べて飢えをしのぎ、約1週間後、兄と一緒に南部の反政府勢力に加わった。復讐(ふくしゅう)したいと思ったし、ほかに選択肢はなかった。

 拠点では、兵士の食事の世話などをしたが、2年後、上官に「君は小さすぎて重い銃は持てない」と言われ除隊。今は小学6年として勉強をしているが、卒業したら南部の軍隊に戻るという。理由を尋ねると、静かに話していた彼が目を見開いて怒った。「お父さんもお母さんも殺されたんだぞ」。それ以上は聞けなかった。どんなに明るい未来がこの国を待っていたとしても、彼の心は冷たく凍り付いたままであることを知ったからだ。

 すぐ隣にいた先生のモグスさん(25)も元少年兵。父親を病気で亡くし、生活のために反政府勢力に加わった。そして今「同じ境遇の子供たちを救いたい」とわずかな給料で先生になっている。「トラウマから、戦争の話題になるとパニックになる子供もいる」。銃を取りたいと話すトーマス君を見ながら「教え子がそうなってほしいわけはない。けれど……」と寂しそうに話した。【スーダン南部で隅俊之】=つづく



 シリーズで1,2もありまし、今後も続くようです。そちらも読んでみて下さいね。


☆ダルフールの惨状が映像でわかります。
2005年7月9日放送NHKスペシャル「アフリカゼロ年 第1回 ジェノサイドを止めるのは誰か」 by ニコニコ動画(要登録)

☆ダルフール紛争で惨殺されている子供たちを救うための各種署名にご協力下さい。
Globe for Darfur
国連日本代表部への嘆願書送信について
Petition the International Olympic Committee

☆駐日スーダン大使館へダルフール紛争解決に向けた要望を送る1クリックアクションにご協力下さい。
アムネスティ

☆ダルフール紛争に関する募金サイト
国連難民高等弁務官事務所(こちらは資金不足が深刻で、ダルフールが援助縮小の危機にあるそうです(参考))
日本ユニセフ
国境なき医師団
オックスファム・ジャパンのスーダン緊急支援
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by fussyvet | 2008-07-20 15:54 | 世界の話
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