思想的マイノリティがド真面目に娯楽大作を解説する「ロビンフッド」

 映画「ハリーポッター」シリーズのスネイプ先生に恋してしまい、アラン・リックマンを追いかけ中に見た「ロビンフッド」(主演はケビン・コスナー)を私のような思想的マイノリティと思しき人間がくそ真面目に分解、



 素直に単純に見れば、本当に娯楽大作だと思う。でも、素直に「ああ、おもしろかった!」とは映画館を出た後に叫べなかっただろう。因みに私は原作とおぼしき本を読んだことがないので、「ロビンフッド」がどんな人なのか知らなかった。だから、ここからの感想はあくまでも1991年製作の映画のDVD特別版だけを見ての話だ。ストーリーについて、「勧善懲悪」とする感想もあるけれど、私はこれは”アメリカ式勧善懲悪”の世界だと断言したい。製作時期が「9・11」テロと近いかと思えば1991年だからそうでもない。主人公ロビンは貴族の生まれのお坊ちゃんで近所の女の子の髪の毛に火をつけるようないたずらをするほどのやんちゃ坊主だった。何不自由なく育ったが、お母さんが亡くなってから、寂しさのあまり貧しい生まれの女を側女にした父に反抗し、ついにはその女性を追い出させたことがある。そのお坊ちゃんも異教徒にキリスト教の正義を押し付けるための十字軍に参加し、"地獄”を見て命からがら帰ってくる。帰ってきたら、城主である父親は惨殺されて亡骸は見世物にされ、忠実な従者は目をえぐられて放置されていた。もう、これだけでアメリカ人の好む「正義の戦い」の理由付けは十分だ。
 他方、悪役である代官は”両親”が物心ついた頃には既におらず、”魔女”を母親代わりとして育った。その魔女のお告げに従い、王がいない間に領地を乗っ取ろうとあらゆる圧政をしく。ロビンの父親もその一環で殺されたのだ。失敗をした部下には容赦しない。何よりも不幸は、実は母親代わりの魔女が本当の母親で、彼女が自身の血の繁栄を望むために城主の赤ん坊を殺し、代わりに自分の子供(悪代官)を偽って供えていたということ。悪代官の運命は、彼の意思に関わらず、全て呪われたものとなる。彼は結婚を唯一"穢れのないものが欲しい”と言って望むが、それすら結局かなえられなかった。かわいそう…。
 もう一人、クリスチャン・スレーター演じるロビンの異母兄弟。彼は出合った当初からロビンを憎み、ロビンはそれをいぶかしがった。その理由があけてびっくり、「あんたに追い出された女から生まれた!」不覚にもなぜか涙が出てしまったシーンだった。でも、その瞬間から真の「兄弟愛」に目覚め、協力者になる。…………おい、そんなのあるか?
 モーガン・フリーマンは、いつもそう思うのだけれど、何となく胡散臭い。演技とその役どころ自体が胡散臭い。クライマックスの戦闘シーンで「俺は異教徒だが、彼を助ける。皆もロビンを助けよう!」って、こんなこと実際にやったら、少なくとも日本人はドン引きするだろう。どうも、彼が役に対して「三枚目の、正義の味方らしからぬ正義の味方」をいつも裏で演出を要求しているような気がしてしまう(ただの勘ぐりですが)。最後にリチャード王の役で大物ショーン・コネリーが特別出演と思しき出方をしているけれど、全然必要性を感じない。少なくともショーンである必要はなかったと思う(因みに晩年のショーン・コネリーは大好きなのですが)。
 何と言うか…。個人的には、悪代官のように生まれも育ちも悪くて、自分で良い人間になる方法すら分からなくて”悪”になってしまった人間は懲悪され(人生真っ暗)、生まれも育ちも良いわがまま坊ちゃんが、途中で「世界が広がった。」てだけで正義の味方になってあだ討ちすること(育ちがよかったものは途中で"気付き”を得て救われ、英雄になった)に違和感を感じて仕方がない。多くの人が「勧善懲悪」で見終わった後にすっきりするような映画について、「悪代官のような人間を生み出さないよう、生まれや育ちに関わらず、どんな人にも教育をきちんとして、愛情を与える世界を作ることが治安維持には大切。」などとは誰も考えないだろう。だけど、そういった"勧善懲悪すっきり”感にアメリカがイラクに対して行ってきていることの原理や、同じ日本人の間(特に動物愛護運動でもときどき)にもみえる独善性の卵を見たような思いがして、恐怖感すら覚えた。

 そういうわけで、娯楽作品としてはほどほどにおもしろいけれど、独善性を嫌って星4つ(本当は3つ半かな)。

★★★★☆
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by fussyvet | 2007-09-10 14:15 | 映画
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