「天使のいないところ」

 虫の知らせなのか、昨夜なぜか急に思いついてテレビ欄をチェックしたら、23時からNHKのBS2で「erⅩⅡ 緊急救命室」が予定されていた。タイトルは「天使のいないところ」。なんとなくピンときてネットでチェックしたら、やっぱりダルフールが舞台の話だったので久しぶりに時間を狙ってテレビをつけた。タイトルからして、現在のダルフールの悲惨な状況が描写されているのだろうと思った。確かに悲惨だった。難民キャンプの外に出た途端銃撃された男性がキャンプの簡易診療所に運び込まれ、アメリカから「国境なき医師団」のメンバーとして派遣された2人の医師と現地の医師らが救命処置を施している。そこへスーダン警察が現れ、重体の彼を連れ去っていった。彼の妻は臨月だったが、夫が撃たれたショックで産気付く。子供が危険な状態だったので、近くの医院へ運んで出産させようとするが、急遽帝王切開に。子供は無事生まれるが母体の出血が止まらず、自身も重症疾患を患う現地の医師とアメリカから来たアフリカ系医師の方が遠方の病院へ彼女を搬送することにした。途中、ジャンジャウィードと出会い銃撃を受け、エンジントラブルで車が止まる。身体が悪い現地の医師は歩けない。仕方なく彼を砂漠の真ん中においてアメリカ人医師が患者を徒歩で運ぶ。再び車が現れ、敵ならば終わり、味方ならば助かるが果たしてどちらなのか。「天使のいないところ」という言葉は搬送される途中で患者の女性が言った言葉だが、結局、この物語の中で味方は誰も死ななかった。生まれた子供には現地語で「希望」を意味する名前がつけられる。アメリカのドラマだ。悲惨な映像を見せるのにも限界がある。そして、「救い」を持たせないと視聴者はげんなりする。全てそういう配慮から来たものだろう。

 ここに本物の「天使のいないところ」がある。

ミア・ファローのブログ(2007年8月24日付けの記事より抜粋、和訳:fussyvet)

I have just returned from my 7th visit to the region.
7回目の渡航から戻ってきたところだ。

My first trip into Darfur was in 2004. Simply put, it changed the way I needed to live my life.
I don't think I have the words to convey, to adequately represent what I have seen and heard there.

最初にダルフールを訪れたのは2004年。簡潔に言えば、その経験により私は必要とする生き方が変わった。
そこで見たこと、聞いたことを十分に表す適当な言葉がない。

(中略)

The stories of those who survived the attacks are numbingly similar; without warning Antonov bombers and attack helocopters filled the morning skies and rained bombs upon homes and upon families as they slept, as they played, as they prayed, as they tended their fields. Those who could run tried to gather their children and they fled in all directions. But then came the Janjaweed, government backed Arab militia- on horseback and on camels (and more recently in vehicles) They came shouting racial epithets and shooting. They shot the children as they ran, they shot the elderly. I spoke to mothers whose babies were shot from their backs, or torn from their arms and bayonetted before their eyes. Where was God when the children were tossed into bon fires Where was God when the young mans eyes were gouged out with knives. Strong women in frail voices described their gang rapes - some were abducted and assaulted continuosly over many weeks. "No one came to help me" they said and they showed me the brandings carved into their bodies, and tendons sliced and how they hobble now. "Tell people what is happening here" implored Halima. Three of her five children had been killed. "Tell them we will all die. Tell them we need help. " I promised Halima I would do my best to tell people. In camp after camp and deep in my heart I have made this promise over and over and over.

攻撃を生き抜いた人々の話は皆同じで感覚が麻痺する。警告もなく、アントノフ爆撃機と攻撃用ヘリが朝の空を埋め尽くし、寝ていた、遊んでいた、祈っていた、畑の手入れをしていた家族と住居に降り注いだ。走ることができた人は子供たちを集めて八方に逃げた。しかしまもなく、スーダン政府に援助を受けたアラブ系民兵が馬やラクダに(最近は車でも)乗ってやってきた。人種差別的な罵りの言葉を吐きながら銃撃にきた。彼らは走る子供や老人も撃った。私は背負った赤ん坊を背後から撃たれたり、抱いていた赤ん坊を引き離され銃剣で目の前で刺されたりした母親たちに話しかけた。子供たちが火の中に投げ込まれたとき神はどこにいたのか、若者の目がナイフでえぐり出されたとき神はどこにいたのか。気丈な女性たちがか細い声で集団暴行について語ってくれた。連れ去られ、何週間も連続して強姦された女性もいる。「誰も助けに来てくれなかった。」彼女たちはそう言って身体に彫られた烙印や切断された腱や、そして今は足を引きずって歩かなければならない様子を見せた。「ここで起こっていることを伝えて下さい。」Halimaが懇願した。5人いた子供のうち3人が殺された。「我々はみな死んでしまうと伝えて下さい。助けが必要だと伝えて下さい。」私はHalimaに全力を尽くして伝えると約束した。キャンプを渡り歩くたびに何度も何度もこの約束を心の奥深く刻んだ。

Halima begged for protection three long years ago and still no one has come. What does this say about us.

Halimaは3年も前に助けを請い、未だに誰も来ない。これを我々は何と言ったらいいのか?

We look at Rwanda and we see the abysmal failure of the United Nations and of all the nations of the world. Collectively and individually we failed in our most essential responsibility protect the innocent from slaughter and suffering. After the Nazi Holocaust we vowed "never again". How obscenely disingenuous those fine words sound today. As we look at Darfur and eastern Chad -a region that has been described as 'Rwanda in slow motion' are we to conclude that 'never again' applies only to white people?

我々はルワンダを目の当たりにし、国連と全世界の国々の最悪の失態を学んだ。集団でも個人でも虐殺と苦しみから罪のない人たちを守るという最も本質的な責任を果たさなかった。ナチスのホロコースト後、我々は「二度と起こさない」と誓った。現在、これらの美辞麗句がいかに鼻持ちならぬほど不誠実に聞こえるか。「スローモーションのルワンダ」と表現されてきたダルフールとチャド東部を見るとき、「二度と起こさない」という言葉は白人だけに適用されるのだと結論付けるのか?

As we look at world leaders, at our own governments and at the paralysis of the UN we see that they are mired in self-serving interests. What are we to do about this? I tell my children that "with knowledge comes responsibility". Yet our leaders do not reflect this at all.

世界のリーダー、我々自身の政府、麻痺した国連を見ると利己的興味から抜け出られないでいるのだとわかる。我々はどうすべきか?私は自分の子供たちに「知っているということは責任があるということだ。」と言っている。しかし、我々のリーダーはその言葉を全く反映していない。

Still, I believe that most people are good. Most of us do not want innocent people to be slaughtered. Most of us wish others well and hope for a world in which all people everywhere can be safe.

それでも、私はほとんどの人は良い人であると信じている。我々のほとんどは罪のない人々が虐殺されるのを良しとしない。我々のほとんどは人の幸福を願い、全ての国の全ての人が安全に暮らせる世界を望んでいる。

(中略)

We are hoping that caring people of the world will band together and with one voice demand an end to the terrible crime of genocide.

我々は世界中の人を大切に思う気持ちが一丸となり、声一つで虐殺という恐ろしい犯罪を終わらせると願っている。


-引用ここまで-

 こんな状況、母親から剥がされた赤ん坊が銃剣で突き殺されたり、人が目を抉り出される場面など残酷すぎてテレビドラマで描写できない。しかし、テレビドラマで放映できないほどのことが現実に起こっている。テレビなどで悲惨なシーンを見て私たちは自分たちが平和な中にいて恵まれていることを実感する。そして神に感謝する。もしもダルフールで起きているようなことが、平和な中にいてそれを実感できず不平不満を言って過ごす私のように不遜な人間に“幸福”というものを知らせるため神が許しているものだとしたら、私は最悪に汚い言葉で以って神を罵ろう。しかし、私たちは試されているのだ。この状況を知って何もしないのか、と。できることを探せないのか、と。ミア・ファローのこの最後の言葉がそれを祈っているし、彼女も現地で直接見て聞くという役割を神から与えられ、それを忠実に守ろうとしている。ニュースを見ながら、「ああ、可哀想だね。」と思い、次に「あそこに住んでいなくてよかったね。」と思うだけの人々で世界が埋め尽くされているとしたら、それは神がいずれ人類を破滅に導く怒りの中にあるのだろうと思う。

日本ユニセフ
国境なき医師団
Petition the International Olympic Committee
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by fussyvet | 2007-08-28 11:34 | 世界の話
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