ミア・ファローによるダルフール紛争のブログより

 ミア・ファローのブログより、一部転載・和訳です。老若男女問わず殺されるばかりでなく、犯された女性は妊娠し、その結果生まれた赤ん坊の行く末も悲惨です。傷を負った難民は障害を負っても十分な医療を受けることができず、苦痛に苛まれます。ユニセフでも募金を募っていますし、このブログの”ダルフール”タグをクリックすると、いくつか署名サイトにたどり着きますので協力いただけると幸いです。

8/12/2007
Bahai

****中略****
One of the people I hoped to see was seated on a mat outside her hut ( called a 'touku'). Alnana Ishak Muhamed is 45 years old. She is beautiful. These are her words:
"I come from the village of Kolloye, perhaps 200 kilometers from here. We had cows and animals. Janjaweed attacked us at at 5;30 in the morning. About 35 men with horses came. They shot and killed my husband and my son. I ran to help my son and they shot me. I was unconscous for one month. When I woke up I had no leg.
"Now my life is changed. I cannot even get water to drink. Someone has to bring me water and food as I cannot carry anything. I used to collect firewood and sell it. But I am not able to do anything now.
"I am not able to go anywhere. But the people who go to get firewood are attacked.
"I cannot do anything but sit and wait for 'distribution' (of food by aid workers)
We want to go to our village but if we go back they will kill us.'
Alnana was waiting to be taken to the MSF clinic. Her wound is infected.

会いたいと願っていた人物の一人が"touku"と呼ばれる帽子を裏返したマットの上に座っていた。Alnana Ishak Muhamed は45歳、美しい女性だ。彼女の言葉である。
「ここから多分200kmの Kolloye という村の出です。牛などの家畜を飼っていました。ジャンジャウィードは午前5時半に襲撃してきました。馬に乗った約35人の男たちがやってきました。私の夫と息子を撃ち殺しました。私は息子を助けに駆け寄ったところを撃たれました。一ヶ月間意識を失っていました。そして、気が付いたときには私は両足を失っていました。
私の人生は変わってしまいました。飲み水を取りに行くことすらできません。何も持って来れないので人に水や食料を運んでもらわなければなりません。以前は薪を集めて売っていました。しかし、今は何もできないのです。
どこにも行けません。それなのに、薪を取りに行ってくれる人は襲撃されてしまいます。
私はただ座って支援者による食料の”配給”を待っていることしかできません。村を出たいのですが、戻れば彼らに殺されます。」
Alnana は国境なき医師団の診療所に搬送されるのを待っていました。彼女の傷は感染しているのです。


8/12/2007
Djabal, camp for Darfurian refugees
Goz Beida

Fatima's words:
"I am from the same village (as Ashi) and I had similar experiences.
"My mother had my child on her back. They (Janjaweed) shot her and the baby. My child of three hid in the bush. He died of thirst and hunger. The rest of the children were saved by neighbors.
"The Janjaweed kept me for one month. They raped me for one month. During the month I became pregnant. When I arrived at the camp I gave birth but unfortunately he died. I was unhappy throughout the pregnancy but when the child died I was upset.
"During the month I spent with the Janjaweed I was raped and beaten. I still have pain in my back and I depend on my neighbors to get water.

Fatimaの言葉です。
「私は(Ashi(以前出てきた難民の名かと思われます))と同じ村の出で、同じ経験をしました。
母が私の子供を背負っていました。彼ら(ジャンジャウィード)が母と赤ん坊である私の子供を撃ちました。3歳の息子は茂みに隠れましたが、彼は飢えと渇きで死んでしまいました。残りの子供たちは近所の人に助けられました。
私はジャンジャウィードに一ヶ月間拘束されました。一ヶ月間、強姦され続けました。その間に私は妊娠してしまいました。難民キャンプに着いた時、出産しましたが、生まれた男の子は残念ながら亡くなってしまいました。妊娠中ずっと悲しみの中にありましたが、生まれた子供が死んだとき、それは怒りに変わりました。
ジャンジャウィードと過ごした一ヶ月間、私は犯され、殴られ続けました。今でも背中に痛みがあり、近所の人に水を取りに行ってもらわないといけません。
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by fussyvet | 2007-08-17 20:25 | 世界の話
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