韓国人の人質がまた一人犠牲になって…

 こんなことばっかりで本当に嫌になる。最近は右傾化した人たちがお隣の国の人をぼろくそに叩いているし、逆にそのお隣の国の人が執拗に過去の日本の過ちだけを取り上げて難癖をつけてくるけれど、誰かが理不尽な理由で殺されてしまったと聞けば、それがどこの国の人であれ一人の人間として居た堪れなくなる。このニュースの人質はキリスト教会の人だというから、私は余計に気にしているのかも知れないが、こんな理不尽なことを聞けば、神に向かって罵りたくなってしまうときもある。人間同士で、なぜ無残な事件ばかり起こるのか。本当に人間なんて…と自分が人間であることが嫌になるし、それを大きな手で導いているのが神だとすれば、どうしてこんな悲惨な出来事を起こさせずして、導かないのかと怒鳴りたい気分にさえなる。
 最近、動物関連の仕事ではなく、人のためになる仕事に関心がある自分に気付いた。動物の問題を解決するにはまず人間自身の問題を解決していかないことには達成されないだろうという考えから接していくうちに、自分自身も関わりたいと思うようになってきた。自分が役に立つのなら、事務でも電話番でも何でも良い。獣医なんて資格はこちらからくそ食らえ、だ。尊敬できる、信頼できる相手がいない世界にいつまで拘る必要があろうか。この世界に辟易していたこともきっかけかも知れない。どっちにしても、導き手にお任せだ。近頃祈る言葉はいつも決まっている。

「私を生かすべき場所で生かして下さい。」

 多分、今は息子のそばがその場所なんだろうな。
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by fussyvet | 2007-07-31 10:38 | こうして社会は回ってる
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