小さな鯉と想像力

 自分より弱い国に大国が戦争をしかけた。大国は捕虜に虐待をしていた。捕虜に虐待をした者は言った。
「これは戦争だ。きれい事を言うな!」

 鯉がゆったりと泳いでいた。少年たちがその鯉を釣っていた。食べもしないのに釣っていた。それを非難した者に少年たちは言った。
「お前は魚を食べないのか。きれい事を言うな!」

 弱いものを強いものが攻撃する状況は、どれも似ていると思う。

 どうしてこんなことを思ったのか。中学生くらいの少年たちが食べもしないのに鯉を釣っている光景は近所でよく見る光景だ。今日はその上、一人の少年が小さいために”獲物”としての価値もない小さな鯉を、先端に刃物が付いた棒で突っついていた。
「あっちへ行け!お前に用はない!あっちへ行け!」
執拗な攻撃に小さな鯉は弱り、横を向いて浮いてしまった。

 しばしば、小さい頃に生き物を苛めるのは必要なのだ、そうやって命の尊さを学ぶのだ、と言う者がいるが、私はいつも首を傾げる。命の尊さや相手の痛みに必要なのは「もしも、自分だったら…。」と身に置き換えて考える想像力である。想像力がある者は小さい頃から生き物をむやみに苛めることはないだろう。想像力はどこかで学ばないと大きくなっても弱いものを苛めることは止まず、いずれ捕虜を虐待する兵士となるだろう。小さな鯉を刃物で小突いていた中学生はいつその想像力を習得するのだろうか?

 可愛そうな小さな鯉。
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by fussyvet | 2006-06-16 20:31 | 動物
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