万人に受け入れられるためにどうすればいいかを

 ある動物愛護のサイトを見ていたら、”相性動物”なる言葉が出てきた。初めて聞いた言葉だったので検索してみたが、占いに関するサイトしかヒットして来ない。そこには、動物には相性動物というものがあって、ワニやカバにとっては鳥がそれで、ワニやカバは鳥を食べないとあった。どうやらその人の造語であって、共生と混同しているように思った。そして、その続きに、ヒトにとってはイヌが相性動物だから食べてはいけないのだとあった。
 人間にとってイヌが相性動物だというのは、その人の主観であって、その人だけの価値観に由来するものでしかない。イヌを闘犬や使役、見世物に利用している人間もいる。そればかりでなく、愛玩動物としてのイヌですら、その従順性やかわいらしさを人間が利用しているものだ。尤も愛玩動物は人間に精神的快楽を提供する代わりに生活を保障してもらっていれば、それは共生に当たるのかも知れないが、要はイヌを”相性動物”と捉えるのはごく一部のヒトだけだということだ。そのヒトたちには”相性動物”という言葉で犬食反対の声が響いて返ってくるかも知れない。が、残念ながら、世の中にはイヌ嫌いの人も多い。そんなヒトたちには”相性動物”というイヌ好きの価値観から出た言葉は全く説得力に欠けた、寧ろ押し付け甚だしいものとしか捉えられないのだ。
 「貧しい国の人たちを助けましょう」「内戦で苦しむ子供たちを助けましょう」という言葉には、彼らから搾取している少数人以外、かなり多くの人の心に響く。けれど、「動物を助けましょう」と言ったところで響かないのは動物を利用していない人間はいないから、利用しながら何を今更という感情が働くためなのだ。更に動物嫌いもかなりいる。”それでも”助けたい理由がなければ白けて誰も相手にしてはくれない。動物愛護運動が万人に受け入れられないのは、そこなのだ。
 いつもいつも主観的、一方的価値観に満ち溢れた言葉の羅列を見るたびに、本当に落胆する。動物を現状から助けるためには、多くの人の助力、関心が必要だ。そのために、本当にどうしたらいいのか、いつも対岸には動物が嫌いな人たち、動物を利用して生きているほとんどの人たちがいることを頭において、それでもその動物の現状を回復してやりたい説得力ある理由をもっともっと深く考えて欲しいのだ。今のままでは浅すぎる。厳しく言えば、稚拙過ぎるのだ。軽い考えは馬鹿にされるだけ。その人が馬鹿にされるのではなくて、動物が馬鹿にされ、現状を脱却できないのだと思って欲しい。
 最後に、私は犬食については、動物の福祉から考えるしかないと思っている。
 それから、リンク先は言葉を選んで書かれているところを選んであるつもりです。きつめの論調で書くと、心優しき人たちがどっきりするといけないので念のため。
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by fussyvet | 2006-03-23 07:53 | 動物
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