母親似

 息子は私に似ている。

 妊娠中、超音波検査で男の子らしいと分かった時、私はある点で喜んだ。男の子でも女の子でも母子無事に出産できたならそれでいいと思っていたけれど、ある一点だけでは男の子であることを喜んだ。
「私は自分を子供に投影しなくて済む。」
女の子だったならば、彼女は私が苦しんできたように苦しみ、そして何よりも、私の母が私にしたように自分の影を子供に映してしまうかも知れない。そう思った。
 母は自分ができなかったからと何でも私にやらせてくれた。ピアノ、習字、そろばん、英語。そして、私がいやになってしまった時、いつも言った。
「お母さんは習いたくても習えなかったのに。止めちゃうの?」
それを言われると私は止めたくても止めることができなかった。特にピアノはそうだった。覚えている限り、4歳だったか5歳で習い始めた時、私から「習いたい。」と言った覚えはなくて、気がついたらオルガンを弾いていたような気がする。そして、どうして止めたかったのか忘れてしまったけれど、「止めたい。」と言った時、母はそう言って寝込んでしまった。私はどうして母が寝込まなければいけないのか理解できなかった。
「私のことなのに、なんで?」
そう思って、納得できなかったけれど、母のその一言で二度と止めるとは言えなかった。
 戦時中に生まれた母は、封建的で男尊女卑の祖父の下で、年の離れた妹たちの世話に追われ、高校に進学したくてもできず、働きながら夜学に通った。そして、保母になりたかったけれど、ピアノを習っていなくて弾けなかったためになれなかったと何度も言っていた。そうして自分がやりたいことをやらせてもらえなかった母は、娘の私に思いを託したのである。お陰で私はいろいろなことができる子供になった。覚えが早く、先生に褒められるたびに、私よりも母は希望を持っていったのかも知れない。その母の思いを私は受け止めて上げなければならないと思った。良い子だった。そして、知らず知らずのうちに、それは重たいものとなって私にのしかかっていった。

 生まれてくる子供が男の子だったら、女の子よりも制限なく生きていくことができるし、何よりも母が私にしてきたように、私が子供に自分の思いを乗っからせることはないだろう。そう思った。

 息子は私似だ。最初、血液型を聞いたとき、ギクッとした。でも、たかが血液型と思ってそれほど気にしなかった。鼻から口に掛けて私に似ている。それも、たかが顔かたちと思ってそれほど気にしなかった。しかし、性格が・・・似ている。そっくりかも知れない。小さいくせに我が強いところ。私はあまり泣かない、育てやすい子供だったと聞いたが、息子もあまり無駄泣きをしない良い子である。ああ、いけない。このままだと私は自分ができなかったことを、男の子だからできるだろうと更に託してしまいはしないだろうか?だめだだめだ。それだけはダメだ。親の思いを子供の重荷にしてはならぬ。私はまだこれから自分の夢を自分自身で叶えなければならないし、人生は子育てで終わりではない。・・・


 などと書いていたら、昼寝から覚めた息子がいきなり大泣き。よかった、私みたいにおとなしくて良い子じゃなくって。親の思いに反してちゃんとてこずらせる子で。しっかり泣けよ。私の思いなんか気にしなくていいから。良い子でいなくていいから。・・・ほどほどにね。
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by fussyvet | 2006-03-02 17:20 | 家族
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