逆差別

小さい頃、私は近所の友達とよく遊んだ。学校では休み時間になると真っ先に外に出てドッチボールをした。私は遊ぶのが得意だった。友達も多かった。
小学校6年の頃、不思議なことが起こった。私はテストがよくできた。ある時、それまで無邪気に遊んでいた友達が、「○○ちゃんは頭が良くていいね。」と言った。それは親しみを込めた言い方ではなく、悪意があるものであった。以来、その子は私が先生に褒められると「さすが、できる人は違う。」と嫌みを言うようになった。私は先生に褒められることが、なぜかとても悪いことのように感じ、褒められるのを恐れた。「どうして、成績が良いだけでそんなことを言われるのだろう?要領の悪い子が虐められるのと変わらないじゃないか?」幼心にそう思った。
義務教育の道徳の時間に、いろいろな苦難に苦しむ人たちの話がしばしば出てくる。そんな人たちのことを素直に気の毒に思い、成績が良いことだけで理不尽な言葉を投げかけられた私は、「その人のせいではないのに、その人を虐めてはいけない。」と思った。
大人になった。なぜか、税金を免除されている人たちがいた。社会的な理由があってのことだ。けれど、ある人たちが財布に入った何十枚もの一万円札やロレックスの時計を見せびらかした。「どうして?この人の税金が免除なの?」
その人は私やその同僚に向かって言った。「獣医なんか…!」…えっ、獣医であってはいけなかったの?どうして?私だって一所懸命勉強して今日に至ったんだよ?奨学金をもらいながら、そしてその奨学金もコツコツきちんと返している?なんで?小さい頃、「○○ちゃんは頭が良くていいね。」と理不尽な攻撃を加えてきた友人を思い出した。
世の中には自分たちが弱者であること、被害を被ったことを逆手にとって、他の人が「えっ?」と思うことを平気で、いや寧ろ当然のような顔をして堂々と要求する人が大勢いる。牛肉買い取りでもそうだ。保険金詐欺もそうだ。先日のイラクでの日本人人質事件で家族が「首相に会わせろ!」「自衛隊を撤退させろ!」と要求したことも根底には同じ心理が働いているのではないかと思う。多くの人は「被害者」と思われる人には強く出ることができない。やはりその人を「気の毒」に思う気持ちがあるからだ。私はそんな人の良心を利用する行為が世の中で一番大っ嫌いだ。
BSEでは何人か自殺者を出している。殺人事件も起こっている。直接的な被害ではない。しかし、人の良心を逆手に取る行為の結果だ。許せない。
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by fussyvet | 2004-05-12 10:41 | こうして社会は回ってる
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