動物実験指針検討作業部会

 「リンク」-「他の動物関係ブログ」に動物たちを助けるためにできることを追加させていただきました。現在、動物の愛護及び管理に関する法律の改正のため、動物実験の指針についての検討作業が中央で進められていますが、こちらのブログにその傍聴記が載せられています。
 第3回部会にて、動物実験に関わるある研究者が、「実験動物たちは実験されるために生まれてきた。使われなければ、かわいそう。」だと発言されたそうです。前半部分、「実験動物たちは実験されるために生まれてきた。」は「生まれてきた。」部分だけ「生まされてきた。」に改めるとして、後半の「使われなければ、かわいそう。」はあくまでも人間の主観であって、実験動物たちがそのような感情を持っているわけでないことは誰しも少し考えれば分かること。それを人間の感情だけで、このような中央の検討会にて、国内有数の代表者が発言したなどとは驚きです。
「実験に使われたら動物がかわいそう。」←→「実験に使われなければ動物がかわいそう。」
感情の綱引きでは水掛け論で解決できません。研究者すら、多くはこの問題を感情論で片付けようとしている、他に術を知らないのではないかと、嘆けます。自分の実験を続けたければ、その実験がいかに社会的に貢献するものであるのか、説明責任を果たすべきであって、感情論で綱引きに参加しようなどと大勢が思っているのではないかと思います。
 どんな仕事にも社会的ニーズと意義があるはず。少なからず、公費から助成金を使って行われる研究であるならば、なおのこと、どのような社会的にニーズがあって、自分たちの研究に意義があるのか、説明できないならば、そのような動物実験は行うべきではありません。それこそ、公費も動物も”無駄”なのです。

 それから、「実験動物たちは実験されるために生まれてきた。使われなければ、かわいそう。」であるならば、保健所から払い下げられた動物たちはどうなのか?彼らは実験されるために生まれてきたわけではありますまい。それならば、使用すべきではない。来年度、平成18年から全国で保健所からの払い下げが廃止されることは以前にも書きましたが、皮肉なことに動物の愛護及び管理に関する法律改正に絡んで、再び保健所からの払い下げができるよう改正法に盛り込もうという動きがあります。こんな矛盾したことを研究者側が国に圧力をかけてやってばかりいては、欧米からその研究の信頼性すらなくすでしょう。愚かだと嘆けるのです。

※お断り
 この後、2005年12月12日、当該ブログより予告なく、こちらのコメント、トラックバック、およびリンクが解除されていました。理由は分かりませんが、何らかの不都合があったと判断し、こちらもリンクについては解除させていただきました。
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by fussyvet | 2005-11-09 12:40 | 動物
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