類は友を呼ぶ-我が母校の場合

 指導教官は母校のOBである。最初は私が後輩だと知って目を掛けてくれた…と思っていたが間違いだった。同じ大学出の後輩に声を掛けるのは、コネを広げて”派閥”を作りたいがためであろうと今になって思う。
 指導教官は、我が母校の中でも最悪の教授が居た講座の出である。私がいた当時の教授は(現在も変わっていないが)腕も頭も悪いのに、虚勢だけ張って自分を守っているような軽蔑すべき人であった。そこの講座出の人が全てそうであるわけというわけではない。今の私の指導教官は、時折その母校の現教授のことを「やり方が悪い。」と非難することがあった。が、結局彼も同類であった。旧態依然としたやり方、自己中心さは何ら違わない。更に二人とも母校の同じ部活サークルの先輩後輩同士である。なぜか、母校のあの年代の獣医同窓生にはその部活出身の者が多いが、体育会系の勢いだけの単細胞封建的なやり方は、そこから来ているのだろうかと推し量られる。
 母校のその教授は、力のある教授の派閥にいたため、その教授が自分の味方を増やすために呼んだ。そんな理由で呼ばれただけだから、腕は救いようがないほどに悪い。他大学から来た院生が、その教授の執刀により皮膚壊死してしまった患畜を見ながら、「こんなのばかり見てるとイライラする。」と吐き捨てた。その院生が卒業した獣医系大学の方が腕は良かったのに、私はどうしてこの大学に来たのかと尋ねた。その院生の先輩は悔しそうに、「こんなひどいとは思わなかった。」と言った。大学の名前と中にいる指導者の実力が合っていなかった場合に、被害を被るのは何も知らない学生、そして大学附属家畜病院だからと頼みにして自分の愛する伴侶動物を連れてくる顧客とその動物たちである。呼んだ張本人の大教授は、その教授に向かって、「もっと腕を磨け。」と言ったらしいが、そもそも自分の派閥拡大のために、その器でないものを呼ぶな。お陰で、その教授より腕がよく、私が尊敬している助教授(当時)は、他大学へ出て行ってしまった。私たちにしてみれば、出て行って欲しかったのは教授の方。本当に残念で悔しかった。
 同じような人間が、次に同じような人間を呼ぶから、悪の連鎖はなかなか断ち切られない。大学名に惹かれて、年々高くなる競争率を突破して入ってくる若者を思うと気の毒でならない。社会全体に大学がすべき貢献を考えれば、個人のコネも派閥もクソくらえである。タヌキ親父の派閥主義=非実力主義、急にはなくならないと思うとイライラが止まらない。
[PR]
by fussyvet | 2005-07-25 19:21 | こうして社会は回ってる
<< 無教会主義 心のごはんから >>