悩める動物のお医者さんの卵へ、そして傲慢な大学教員に思うこと

 進路で迷っている獣医学生と話をした。その学生が通う大学の外科には名医のうちの一人がいる。しかし、その学生はその外科の先生を嫌いだと言った。理由はさまざまあるだろう。その名医先生はこう言っているそうだ。
「『動物をできるだけ殺したくない。他の方法があるならば、その方法により学びたい。』という学生は要らない。動物を実習で殺した数だけ腕はよくなるものだ。」
その学生はその先生が吐いたそんな言葉も嫌悪した。そして私もこの名医先生の曰いようにはとても違和感を抱く。
 人間の臨床医ならどうだろうか?「人間をできるだけ殺したくない。他の方法があるならば、その方法により学びたい。」と言葉を置き換えてみれば、何のことはない、当たり前の表現になる。勿論、人間を医者の場合、人間を用いて練習する前に実験動物を用いることもあるわけで、この置き換え表現がそのまま獣医にも当てはまる訳ではない。しかし、命の利用、そしてそれに伴う命の重さの区別に疑問を抱かない獣医師はどこまで名医となれるのか?そのような獣医師は臨床の腕は上がるだろう。医術も高度になるだろう。しかし、そのような高度な獣医療を受けられる飼い主がどれだけいるのだろう?そのような飼い主はバカ高い診療費を払えるお金持ちだけではないか。庶民が受けられない技術一つをどこまで高めたところでそれが何になるのだろう?もちろん、全体的な獣医療水準の底上げができるのであればその方がよい。しかし、今の国内の獣医療を見ていても、大学内の名医が自分だけ腕を上げるだけで、それを普及させるような制度は整っておらず、結局全体的な底上げにはつながっていない。
 獣医療に必要なのは飛び抜けて高い臨床技術ではなく、予防医学の啓蒙普及、避妊・去勢手術の励行、そして飼い主への飼い方教育なのだ。そのようなことをお山の大将は知らず、学生の思いも考えず、周囲を蹴散らして独走する。それでその先に何があるのか?自己満足だけではないのか?

 相談を受けた学生には諸事情が許すのなら自分が学びたいことに最も近いところで大学院生になって博士号を取ること、企業に就職するのなら学位取得を奨励しているところを選ぶこと、アメリカに留学して実験動物専門医の資格を取ることなどの道を挙げて勧めた。そして何よりも情報をたくさん得ること。そして、ブランドではなく、学ぶ人を選ぶこと。その他個人的に手助け可能な事項を告げて別れた。
 真摯な学生が真っ直ぐ育ちますように。そのための手助けはできるだけしてあげたいと思う。
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by fussyvet | 2005-03-15 18:56 | 動物
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