なぜ保健所から実験施設への動物払い下げがいけないか

 獣医学生からメールをもらった。
「保健所から大学や研究機関への動物の払い下げがどうして禁止されているのかどうしても理解できない。確かに保健所の動物は、実験されるためにいるのではないと福祉的なことを言われてはそれまでだが、払い下げができない分、実験動物として生まれてくる命が増えることは事実だと思う。無駄な死が増えたように思うが、それでも払い下げはよくないと思われるか?ちなみに、わが地域では、生態はもちろん死体まで払い下げ禁止となっている。医学部でさえ、死体の受け渡しはされているのに。」
 どうして保健所からの動物の払い下げがよくないのかについては、その通り、動物の福祉を考えると人道上極めてよろしくないからだ。それまで人に飼育され、信頼してきた動物を、全く異なる環境に置き、実験に用いる。その変化に対するストレスは相当のものである。元々、実験動物として生まれてきた動物はいいのかと問われるだろうが、実験施設で生まれ育った個体は少なくとも実験施設という環境に慣れている点でましだということだ。さまざまな人に扱われることにも比較的慣れている。ところが、もともとある家庭で飼育され、その家族とだけ接してきた犬は環境の変化にも人間の変化にも慣れていない。適応できず、実験動物として生まれてきた個体よりも甚大なストレスを被るのだ。私は自分の学生実習で、保健所から払い下げられた動物を使用していた。どの顔も悲痛そのものであった。人間間にしろ、動物と人間の間にしろ、「信頼を裏切る」ということがこの世で最悪の罪悪の一つではないかと思った。
 もう一つ、払い下げができない分、実験動物として生まれてくる命が増えるということだが、これは間違いである。研究の予算は決まっている。その予算内で動物を購入し、研究も行われなければならない。保健所からの払い下げ動物は実験用に業者が生産した動物に比べて格安である。安ければそれだけ実験に多く使える。他方、業者がきちんと管理して繁殖・使用した実験用動物はコストがかかっているだけにとても高い。例えば輸入ネコに至っては、10万円以上する。二束三文の保健所の払い下げ猫と比べれば約100倍の価格差となろう。きちんとそういった業者から動物を買えば、動物の使用数は限られた頭数となる。そして、何よりも個体を揃えた動物でないと実験データの信頼性は乏しい。払い下げ動物など種々雑多である。データの信頼性も実験用に管理飼育された動物ほど当てにならない。当てにならない実験が行われれば、それだけ実験数も増える。払い下げ動物を実験に使用するなど、きちんとした研究者がもはややることではないのだ。
 何よりも保健所に持ち込まれる動物を減らすこと、実験動物の福祉を考えることは獣医師の責務である。このメールの送り主が良識ある獣医師として成長してくれることを止まない。

※動物の死体の払い下げまで禁止されているのは、動物愛護団体の目を気にしているからです。これは獣医系大学の学生が「倫理的死体の利用」を求めているのに、その実施の弊害となっています。移送時の感染症予防対策は必要ですが、もし死体の払い下げまで反対している団体がいるならば、とても残念です。
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by fussyvet | 2004-12-11 11:53 | 動物
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