「ほっ」と。キャンペーン

「20 km圏内」のドタバタ

動物を守りたい人にもいろいろある。愛玩動物を守りたい人、野生動物を守りたい人、畜産動物を守りたい人、そして実験動物を守りたい人。福島第一原発の半径20 km圏内に取り残された動物たち(この場合、愛玩動物および畜産動物)を助けようと、それまで実験動物のアニマルライツに傾倒していた人たちまでも一斉にネット上に集まって、行政に多くの声を電話を呼びかけ、現場の状況も考えず、結果的にその機能をマヒさせるような行為にまで及んでいた。そんなさ中、一人、前線で活動している獣医師がいて、動物愛護な人たちは皆その獣医師に注目し、称賛し、期待をかけていた。

ところが、あるテレビインタビューでその獣医師が、取り残された畜産動物の命をなんとか救おうと、一時的に「実験動物」としてそれらを移送することを提唱した。その途端、その「実験動物」という言葉に反応したアニマルライツな彼女たち、それまでは、他の動物愛護な人たちに便乗してその前線獣医師を応援していたにもかかわらず、ピタッと立ち止まり、「う~ん」とうなっている様子。自分たちがその存在を否定していた動物実験・実験動物が肯定されるような形になり、それはちょっとと立ち止まった。

後先考えず便乗するような行動は何にしても良い結果を生まないわけで…。

前線獣医師は、彼女たちの反応を「過敏だ」とし、説明を加えているが、いずれにしろ、彼が提唱していることが実現すれば(私自身は実効性に乏しいと思っているが)、「実験動物」が増えることには変わりない。その削減を目指している人たちにとって、それを認めてしまっては、自分たちの主張の一貫性が失われてしまう。最初から、アニマルライツな人たちがその思想からできることは、「この悲劇を教訓にして、皆、ベジタリアンになりましょう」「動物の飼育を止めましょう」と呼びかけることだけだったろうと思う。だって、人間が動物を飼育している限り、悲劇はなくならないのだから。

加えてこの一件によく表されていることには、獣医師は、獣医師である限り、決してアニマルライツな側には属しえないこともあるだろうと思う。

私は動物を取り巻く悲劇をなくしたい。でも、こんな一貫性のない人が多い中にあって、それは不可能なんじゃないんだろうか。猫も杓子も集まって、お祭り騒ぎ。ぐったり疲れた1ヵ月、早く収まってほしい。

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by fussyvet | 2011-05-27 09:57 | 動物
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