獣医さんになりたい子供への返答

 「獣医になりたい。」という若者からメールをいただいた。文面から判断すると多分中学生以下のお子さんだろうと思う。内容はだいたいこんな感じ。
「動物が大好きで獣医師になりたい。けれど、動物を解剖するのは気持ち悪い。何かで解剖図を見た時、吐きそうになった。動物を使う実習については、将来、多くの動物を助けるためなら仕方がないと思う。こんな僕ですが、獣医師になれるでしょうか?」

 解剖の気持ち悪さは慣れる自信があるかないかによる。どうしても気持ち悪くて慣れる自信がないのなら、やはり獣医師は向かないと言わざるを得ない。まあ、それは置いておいて、問題は後半。「動物を使う実習については、将来、多くの動物を助けるためなら仕方がないと思う。」ここには2つの誤解と不足がある。

1. そもそも、獣医師が動物を助けるための職業であるという認識。
2. 将来、自分が助けると思われる動物の命の重さと実習に用いる動物の命の重さの差について、「動物が大好き」な自分自身はどう考えるのか?

 まず1について。なんども言うが、獣医師という職業は一見動物を助けているように見えるが、その実、クライエントである人間を助けているのだ。診療報酬を払うのはクライエントであって、獣医療サービスを受ける動物ではない。「動物のお医者さん」という代名詞が定着してしまったために、動物が好きで獣医師を目指す多くの人は誤解している。誤解することを責めているわけではない。ドラマ、漫画、他のマスコミに振り回されないで、今一度その辺りを十分認識して欲しいと思う。
 次に2について。獣医系大学に入ってくるのは動物好きばかりではない。「医学部に入れなかったから。」「偏差値が高かったから。」「生物系の研究をやってみるのに資格も採れて好都合だから。」「家業を継ぐため。」…。そもそも獣医師というのは戦時の軍馬の診療や畜産業の牛、鶏、山羊等、大動物診療を通して第一次産業の発展に貢献すべく生まれた職業である。だから、その基底にある考えは、「動物をいかに有効利用するか。」であり、決して動物の命を助けるためではない。大動物診療獣医師になれば、競馬で勝てないウマ、牛乳が出なくなった乳牛、卵を産まなくなった産卵鶏が廃用となって屠畜場に送り出す場面に遭遇するのは日常茶飯事である。時代が変化して、診療対象がペットや実験動物に移っていっても基本的に「人間のための動物利用」を考える職業には違いがない。中には誤診を誤魔化したり、狂犬病ワクチンの副作用が危惧される老齢犬に飼い主にきちんと説明せずに偽って生理的食塩水を打ったり、悪徳ブリーダーとグルになって金儲けだけを考えたりする者もいる業界である。また、実験動物の獣医師となれば、自分が診療した動物が実験に使用されることに耐えなくてはならない。

 と言うようなことを平易な文章で分かりやすく書いたつもりで返信したのだが、質問してきた若者からの返答は来ない。子供には難しくて酷だったかも知れない。しかし、それで諦めるならそこまでの情熱。寧ろ大人になってから惑うよりもいいと思う。自分自身の経験も踏まえればそう思うのである。
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by fussyvet | 2004-10-12 16:31 | 動物
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